第5話 ルビー、女王国からの出頭要請に従う(三)
「――さて、クロード君?」
アリスちゃんは咳払いするとクロードを見つめた。その佇まいから女王の威厳のようなモノが溢れ出してくる。
アタシは無意識のうちに居住まいを正した。
「改めて神の声についての説明をお願いしたいの。……何故マール神が私を殺したがっているのか? そして何故私がセカイの敵なのか? いつ聞こえるようになったのか? その辺りの経緯を」
アタシたちでさえ、触れようとせずになぁなぁで済ませて蓋をしてきたことに真正面から突っ込んできた。
躊躇いもなく切り込んでくる辺り、本当に怖いもの知らずだ。
……さすが女王。
穏やかな会議室の雰囲気が一変した。
出席している女王国側の人たちは先程までの穏やかさを投げ捨て、一言も聞き漏らさないと言わんばかり真剣な表情になる。
ようやく本性を見せた。
いつも穏やかなレッドさんですら怖い。
クロードはとげとげしい空気に憮然とした感じを見せるも、素直に神の声が聞こえるようになった話を始めた。
マールを知ったのは国境を越えた先にある小さな教会が初めてであること。
それからも熱心に各地の教会に通ったこと。
イーギスの戦いの後、突然神の声が頭に直接届いたこと。
ちゃんと声を出さないとあちらとは意思疎通が出来ないこと。
よく分からないまま、アリスちゃんを殺せと一方的に命令されたこと。
レジスタンスとともに行動しろと指示されたことも。
クロードの説明を受けて少しずつ怪訝な表情に変わっていく女王国の面々。
それはアタシたち仲間も同じことで。
――やっぱりオカしいって。
クロードって神職者でも何でもないのに。
ただの冒険者だよ?
そもそもいきなり神を名乗られても信じる気にはなれない。
だけどアリスちゃんは前回のように笑いもせず、かといって隣の貴婦人クロエさんのように笑顔を保ったまま微かに眉を顰めたりすることもなかった。
無表情のままじっと耳を傾ける。
クロードが話し終えると、アリスちゃんは満足そうな笑みを浮かべて何度も頷いた。セカイの敵扱いされてからのこの表情が理解できない。
「なるほど。想像していたよりもずっと信ぴょう性の高い話でしたね。正直もっと、言いにくいですが、頭のオカしくなりそうなストーリーを覚悟していました」
いやいや十分イっちゃってると思うケド。
ただ、アリスちゃんには何か思うことがあったらしい。
逆に隣のクロエさんは先程までの穏やかな笑みを完全に消し去り、真剣な表情でアリスちゃんを見つめていた。
とても主人を見つめる目じゃないし、彼女のような帝国淑女がそんな顔をすると凄みが倍増して怖い。知らない人が見れば彼女こそが女王だと思うだろう。
「注目すべきはクロード君はマール神の声を望んでいなかったという部分です。自分の意思と違うところで聞こえるようになって困惑……いや一歩踏み込むならば迷惑とすら感じている」
無意識だろうが、クロードが微かに頷いた。
アリスちゃんは『分かる』といわんばかりにクロードに微笑みかける。
「そして聞こえた内容にも疑問を抱いている。……そこが自分の言い分を認めさせるために神を利用している有象無象の輩と決定的に違うところですね。古来より神の意思を届ける者――預言者でも信託者でも構いませんが、彼らは自分の願いを神に代弁させることで権力を行使してきました。だけどクロード君の今の話にはその部分が欠けている」
なるほど。
一理ある気がした。
全員が思い思いに頷いたり首を傾げたり、あちこちで身動ぎする気配がして凍り付いていた空気が動きだす。
「クロード君の頭には確かに何かの声が届いているのだと思います。……今の時点でそれがマール神だとは断じるのは早計でしょうが」
クロードには何かが聞こえている?
……本当に?
「もし、仮に、ですが。……聞こえている声の主が本当にマール神として。……私を『セカイの敵』だと認定したことにも、……まぁ、それなりの見解を示すことが……出来ますね」
神にセカイの敵だと言われてもいいの?
全員の動揺をヨソにアリスちゃんは眉間に手を当てて、所々詰まりつつも言葉を発し続ける。絶対に思考を止めてなるものか、と前に進み続けるその姿をアタシたちは息を飲んで見守っていた。
「私はマール神とその教徒からすれば侵略者そのものです。聖王国の四神の信仰を認め、山岳国のキール神をも認めました。……唯一神のマール教からみれば、私はそれらを従える邪神の化身に等しい存在と言えなくもない。――私自身にそのつもりは全くありませんが」
アリスちゃんは難しい顔のまま、ちらりとクロエさんを見つめた。
彼女はこの場における唯一の帝国人であり、クロードを除く唯一のマール教徒。
クロエさんはじっとアリスちゃんを見つめ返してから、おもむろに頷くことで同意を示した。
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