第6話 ルビー、女王国からの出頭要請に従う(四)


 クロエさんの頷きにはそれなりの重さがあった。

 なるほどマール教徒からすればアリスちゃんは異端中の異端者とも取れる。

 言い過ぎかも知れないが、あらゆる邪神を手懐ける毒婦たる存在。

 笑顔で歓談していた教会のオランド神官長という人も内心では嫌悪感を露わにしていた可能性もある。……あんな温厚な感じだったのに。


「マール神は全てのマール教徒の守護者です。考えてみれば、彼らを迫害し得る存在たちの巣窟である我ら女王国が勢力を拡大するのを黙って見ていられる訳がありません。その親玉である私は早いうちに排除しておきたい。それが無理ならばせめてマール教を敵視しないという保証が欲しい。……だからマール神にとって一番相性がよく、それでいて堂々と私にモノ申せる立場にあったクロード君を私の前に寄越したのではないか? ……と、まぁそんな推察です」


 アリスちゃんは一気に話し切ると大きく息を吐いた。

 

 

 筋は通っているような通っていないような。

 ……というよりも、アタシたちが今まで絶対に触れようとしなかった神の声の真意をこんなにも真面目に考えてくれたことに驚く。

 女王だって暇な仕事ではないだろうに。

 ましてやアリスちゃんは相当に動いているのだ。

  

「おそらくマール神は今もクロードを通じてこの話を聞いているはずです。……だからこそ、ここではっきりと神に対して宣言致しましょう」


 アリスちゃんはテーブルに手を付いて立ち上がった。それを受けて室内が静寂に染まる。


「私、水の女王国アリシア=ミア=レイクランドはこのセカイを統べる立場もしくはそれに準じる立場になるかもしれませんが、マール教徒を絶対に迫害しないことをここに誓います。マール教徒の信教の自由も当然認めると誓います」


 そこまで一息に言ってから、深呼吸する。そして目に強い意志を込め、クロードのように中空を見上げながら言葉を紡いだ。


「……今は私がをしようとしているのか、を見守っていてもらえませんか? もし、それでも私のことをセカイの敵だと判断するならば、はお互いの存在を懸けて戦うことにしましょう」


 どうですか? と言わんばかりにアリスちゃんは改めてクロードを睨み、返事を待つ。正確には彼にだけ聞こえているであろう神の声を。クロードは訝し気な表情を見せていたが、突然頭を跳ね上げた。


「……『わかった。セカイの敵だというのは一旦取り下げてやろう。……我を落胆させるなよ』だって」


 クロードが唖然とした表情で一点を見つめながら呟いた。


「そう? よかった。これで一つ胸の引っ掛かりが取れたわ」


 アリスちゃんは安堵したように大きく溜め息をつく。

 だけどこの場にいた人間はそれどころではなかった。

 見渡せば全員が呆気に取られている。

 きっとアタシも同じようにポカンとした顔をしているに違いない。

 

 ――まさかアリスちゃんとマール神がこんな形で和解するなんて!


 クロードが神の声を聞こえることを前提とするならば、だけど。

 たとえ神の声がクロードの空想の産物だったとしても、これはクロードとアリスちゃんの和解。

 まさに空転直下の展開だった。



「これからは是非皆さんもこの公館に遊びに来てくださいね」


 ようやく落ち着いてきた空気の中、突然のアリスちゃんの発言に全員の目が再び見開かれる。

 それを見た彼女は本当に楽しそうに笑い出すのだ。

 今の発言はアタシたちを自陣に組み込むと宣言したも同然だった。

 ある意味ケイトちゃん、ひいてはレジスタンスに対する宣戦布告とも受け取られかねない。

 隣のクロエさんの表情があからさまに強張った。

 だけどアリスちゃんはそんな彼女を見つめて微笑むのだ。


「別に彼らを引き抜くとかそういうつもりではありませんよ。引き続きケイトさんの下で動いてもらいます。……ただ、ウチとも仲良くしていきましょうねというだけの話です」


 と言われても。

 アタシたちはお互い顔を見合わせる。

 アリスちゃんが笑顔のまま手を叩いて何かの合図すると後ろのドアが開かれた紅茶器と茶菓子を持って部屋に入ってきたのはパールちゃんと――。


「……伯父様!?」


 二人は手分けしてアタシたちの前にそれらを置いて行く。

 

 ――なぜ伯父様のような方が給仕の真似事を?


 アリスちゃんも伯父様のその姿を見て驚いたのか、声を上げて笑いだした。


「何やってるんですか!」


 野性味溢れた男の人――ブラウンさんという名前だったか――も思わず立ち上がって声を上げる。だが伯父様は笑顔のまま彼の前にも優雅な仕草で紅茶を置くのだ。

 

「……今ね、皆さんにこれからは女王国公館こちらにも遊びに来て下さいってお願いしていたところなの」


 アリスちゃんの言葉を聞いた伯父様の、その表情ときたら!

 その瞬間まずアタシがオトされた。

 伯父様にそんな嬉しそうな顔をされて断れる姪がどこにいるのか?

 次に少女――パールちゃんがサファイアの後ろから抱きつく。

 それでもサファイアはまだちょっとだけ迷っているようだった。

 さんざん女王国とアリスちゃんに怖い思いをさせられたのだから仕方がないとも思う。だけどパールちゃんの頬ずりで明らかに心揺らいでいるのが見て取れた。

 そんな珍しい彼女を見て、何とも言えないほっこりした気分になる。

 どうやらアタシたちが篭絡ろうらくされるのは時間の問題のようだった。

 



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