第7話 ルビー、女王国からの出頭要請に従う(五)


 話が一段落して、アタシたちがお暇しようと目配せを始めたそのとき、アリスちゃんがいきなり切り出した。


「そうそう……明日の決起集会はどのような恰好で出席するつもりなの? ……まさかその冒険者の恰好で、という訳ではないでしょう?」


 ……え? どういうこと?

 言葉の意味が分からず、みんなで顔を見合わせた。 


「……やっぱり。どうせそんなことだろうと思ったわ」


 アリスちゃんは額に手を当てると大袈裟に溜め息を吐く。別に悪いことをした訳じゃないのに胸がザワザワしてきた。

 彼女は説明する。

 決起集会とはいえ、貴族やマール教上層部が列席する公式な場なのだと。

 普段の冒険者の恰好で出席すると悪目立ちしてしまうのだ、と。


 ――って今になってそんなこと言われても。

 これから衣装を揃えるって言ってもどこの店に行けば……。 

 ケイトちゃんは何も言わなかったし。


 アタシたちがオロオロする中、アリスちゃんが微笑んだ。


「本当に準備しておいてよかったわ」

 

 彼女が再び合図すれば、例によって扉が開き今度はゾロゾロと色んな人たちが荷物を抱えて入ってきた。無言で人の動きを眺めているとアタシとサファイアの前に大きな箱が置かれ、仰々しく蓋が開けられる。

 そこにあったのはびっくりするぐらい豪奢なドレス。

 トパーズの前にデンと置かれたのはいわゆる僧服というものだろうか。こちらは派手さこそはないものの、いい布地を使っているのは一目瞭然。

 そしてクロードの前にはいかにも聖騎士といった格好いい鎧――。

 

「……これは?」


 驚きで目を見開いたクロードが擦れた声でアリスちゃんに尋ねる。


「言っておくけれど、じゃないからね」


 アタシのドレスはキャンベル家を中心とした旧聖王国貴族有志から。

 サファイアのは彼女の家族を中心とした旧公国の有志。

 トパーズのは旧山岳国の全僧兵の頂点である老将軍ガイさん――目の前の筋肉モリモリのお爺さんから。

 そしてクロードのは――。


「マインズの有志からよ。町長のアンドリューさんは相当張りきったみたいね。……孫のレスター君も一緒になって資金を募ったそうよ」

 

 こんな立派な鎧を仕立てるのにどれだけのお金が必要なのか。マインズもまだ安定とは程遠いだろうに。おそらくマインズだけで工面するのは無理だろう。きっと女王国からも出ている。だけどそれには触れずにマインズからだと伝えることが女王であるアリスちゃんの心遣いなのだろう。

 それだけマインズとクロードとの結びつきは強い。


「……レスター君も?」


 クロードから表情が消えた。


「えぇ、あの子から手紙も預かっているわ」


 準備していたのか胸元から取り出されたそれを、クロードは震える手で受け取る。それを大事そうに開くと無心で読み進めた。アタシたちはそれをじっと見守る。

 やがてクロードの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 ギョッとするアタシたちだが、アリスちゃんは優しい目でクロードを見つめていた。


「…………今の僕はちゃんとあの子の前で胸を張れるのでしょうか? あの子がこんなにも誇ってくれる、あの子の勇者として相応しい男なのでしょうか? ……本当に僕はでいいのでしょうか?」


 縋るような声色だった。

 クロードから初めて聞こえた弱音。

 今まで散々愚痴は言っても、絶対に弱音だけは吐くことはなかったのに。

 アリスちゃんはさすが女王という意志の強い視線でクロードを見つめる。そして順にアタシたちのことも。

 その鋭すぎる眼光に思わず姿勢を正してしまった。


「クロード君、……いいえ、皆様はどうか『自分の心の中の正義』に従ってください。このことは以前トパーズにも伝えましたが、自分の目で耳でそれをしっかり見極めてどう動くか判断してください。突き放すような言い方になって申し訳ありません。……ですが貴方たちの人生は貴方たちのモノです。手助けが必要な場面で見捨てるようなマネはしません。まずは自分たちで進めるところまで進んでみてください」


 アリスちゃんはふっと息を吐いた。

 憂いあるその仕草すら神々しい。


「私がここで『女王国に従え』もしくは『レジスタンスに従え』と命令すれば、皆様はさぞかし楽になることでしょう。何たって責任を負わなくて済む訳ですからね。『所詮冒険者なんだから、偉い人から命令されたらどうしようもないよね』と。……残念ながら私はそのような優しい人間ではありません。逃げ道は与えません。誰に従えだとか誰とは行動するなとかそんなことは絶対に言いません。……貴方たちは確かなとしてこのセカイに存在しているのです。貴方たちが我々を見極めようとするのと同じくして、我々女王国もレジスタンスもそして帝都の宰相も、ありとあらゆる勢力が貴方たちを見極めようとしています。貴方たちの正義がどれほどのモノかを見極めようとしています」


 そこにいたのはアリスちゃんじゃなかった。

 毅然とした女王アリシア。

 横目で伯父様を見ると、誇らしげな表情をしている。

 自分たちが戴くに相応しい女王を見つめる目だった。

 アリスちゃんはそんな臣下たちに目を遣り、少しだけ温和は表情を見せる。

 そして咳払いしてからアタシたちに向き直った。


「まぁ要するに、何といいますか……私のこともちゃんと知ってください。知らずに女王国を敵だと決めつけないでください。……ロゼッティアの頃のように仲良く、というのはさすがに無理でも、せめて避けないでくれたら嬉しいなってコトです」


 そう言うと彼女は実に晴れやかな、人懐っこい少女の笑顔を見せるのだ。

 アタシたちも一気に緊張が解けて思い思いに笑顔で頷き返す。


「さて皆様。別室を用意しておりますので衣装の裾直しをしましょう」


 クロエさんの言葉を合図にアタシたちの会談は穏やかに終了した。

 

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