第8話 クロエ、アリスの何かが変わったと直感する(一)

 

 今日の昼、決起集会があった。十年超という長い長い、余りにも長過ぎる準備期間を経てようやく収穫の時を迎える。私は表情にこそ出さないものの、万感の思いでテオの隣に座っていた。 

 こう見えて私は昔から待つのが大嫌いだ。

 思い通りにいかないのが我慢ならない。

 無能は無能としてさっさと切り捨ててやりたい。

 その点、私の愛するテオは実に辛抱強かった。

 改めて惚れ直した。

 気の逸る者たちをなだめ、逆に腰の重い者たちをその気にさせる。

 女王国が誕生してからの目まぐるしい日々にはイマイチ対応出来ていなかったが、そこは私と『バカ』で何とか補った。

 そして迎える今日――。



 テオによる挨拶と各陣営の紹介が終わり、『バカ』が先制攻撃とばかりに少々過激なレジスタンス方針を熱を持って語り出す。

 これはすべて予定通り。

 そして女王国はおそらく反発を見せるだろうと。

 それも私たち三人の中では織り込み済だった。その上で各陣営の反応を確認し落としどころを探る。そして『バカ』に役目を与える。

 私は向かいに陣取った陛下の反応を片時も逃すまいと注視していた。

 彼女は笑顔のまま、反論らしき反論もしない。

 それのみならず、目の前で繰り広げられたのは女王国による譲歩、そして更なる譲歩だった。



 絶対に相性はよくないであろうゴールド卿を中心とする貴族派の顔を立て、風見鶏で信用ならない教会とも足並みを揃え、自分が責任もって招き入れた領主たちの代弁をする。

 しかし相容れない彼らの意見を汲み続ければ結論が出ない。

 女王国はどうするつもりなのか?

 答えがだった。

 皺寄せの全てを女王国で引き受ける展開にこの場の全員が驚いた。

 このままいけば『一人勝ち』も十分狙えたろうに、まさかの方向転換だった。

 無駄な犠牲者さえ出さないとしてもらえるなら、ロレントの要請があり次第いつでも女王国軍を貸し出す、とも言い放つ。

 皆は物分かりの良すぎる女王国に大喜びしていたが、私は薄気味悪さを感じていた。



 以来、陛下の中で何かが変わってしまった。

 恐ろしい夢を見たのか、真っ青な顔で嘔吐する陛下。

 背中を撫でてやると慌ててこちらを振り返り、私が生きていることに対して驚愕の表情を見せる。

 一体どんな夢だったのか物凄く気にはなったが、そんなことよりも陛下の中に可愛いらしい部分が残ったいたことに一番驚いた。

 失礼な話だとは思うが、笑いを堪えるのに必死だった。

 どう接したらいいのか分からなくて、必要以上に優しかったり厳しかったりしたかもしれない。

 陛下はその日こそ部屋に閉じこもっていたものの、翌日には完全復活して山猫を各地に派遣して欲しい情報を集め出した。

 そしてその情報を元に、頭に描いていた計画を大幅に修正し始めたのだろう。



 中でも大きかったのはクロード一行を内側に組み込んだことだ。

 ダメ押しとばかりに決起集会の為の衣装まで用意した。

 所属こそまだ娘の部下だが、精神的な繋がりの部分では女王国に絡め取られつつあると考えていいだろう。

 彼らを取られて痛いとまでは思わないが、それでもこんなに堂々と仕掛けられるといい気分ではない。

 だからと言って、あの場では黙って見ていることしかできなかった。

 そもそもサファイアとルビーの両名は女王国中枢の人間と血縁関係にあり、山岳国出身のトパーズも陛下自らが接触していた。

 この三人は初めから女王国陣営の人間のようなものだった。

 ……だがクロードだけはだ。

 そもそも陛下自身、彼だけは絶対に許さないと思っていた。

 本当に驚いた。

 もし私が陛下だったら徹底的に排除する。

 もしくは徹底的に

 罠にハメて追い込み、最高の舞台を設定プレゼントして、破れかぶれにみっともなく藻掻く憐れな姿を高いところから紅茶を片手に鑑賞する。

 少なくとも絶対にには入れない。

 入れるとロクな結果にならない。

 あの悪辣な陛下のコト、この状態から時が満ちるのを待って一気に突き落とすというのも考えられるが。見ている限りその可能性は極めて低そうだった。



 何より気になったのは、例の『神の声』とやらも受け入れたことだ。

 もし私がクロードを篭絡ろうらくしようとしたならば『名誉』だとか『騎士道』といった方向から攻めただろう。

 しかし陛下は誰も触れようとしなかった神の声アレに斬り込んでみせた。

 空気を読んで彼女の芝居に合わせておいたものの、ここでも私は薄気味悪さを感じていた。

 一見すればクロードの妄想劇に上手く合わせて綺麗にまとめたように見えなくもない。少なくともあの場にいた皆はそう考えたはず。

 頭のオカしい彼を見事に手懐てなずけたモノだと。

 クロードを引き入れる為に、陛下は忙しい時間を縫って神の声もうそうと折り合いをつける為の落としどころを探っていたのだと。

 

 ――だけど本当にその認識で正しかったのだろうか?


 私の中の警鐘が鳴り止まない。

 魔王のおとぎ話同様、何かがあるのでは?

 陛下だけが見出した何か別ののようなモノはないか?

 あの会話はあの二人だけにしか分からない符牒のようなもので、パーティの誰よりも綿密に連絡を取り合っていた可能性は?

 彼らをレジスタンスに引き入れることを提案したのは他ならぬ陛下だ。

 

 ――いや、情報の揃っていない状況での考察はロクな結果を生まない。


 その辺りはこれから判断しよう。

 今は食らいついていくことだけを考える。

 そうじゃないとレジスタンスは完全に後手に回されてしまう。

 手遅れになる前に陛下の思考を辿る。

 それが出来るのはこのセカイで私だけ。

 何とも気が重い話だ。

 無邪気に喜ぶ皆を尻目に私はこっそり溜め息を吐いた。 

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