第4話 ルビー、女王国からの出頭要請に従う(二)

 

「……うん、……そうだよ!」


 サファイアから食い入るように見つめられたその少女は心底嬉しそうな表情で頬を染めながら何度も頷くと、文字通り飛び掛かかって抱きついた。

 サファイアはよく分からない顔をしながらも、それでも少女のことをしっかりと受け止める。

 少女は安心しきった子猫のように目を細めると、頬を何度も何度もサファイアの服にこすり付け、彼女の胸元に顔を埋めた。


「……おねぇちゃん。ずっとずっとずっと会いたかったんだよ! ……なんで何も言わずに消えちゃったの?」


 少女の声は涙声になっていた。

 サファイアは天井を仰いでから大きく息を吐くと、震える手で少女の頭に触れ、壊れ物に触れるように優しく少女を撫で始めた。


「……パール、元気だった?」


「…………うん」

 

 二人が抱き合っているのを見守っていると、今度は不意に横から声を掛けられた。


「ルビー、元気にしていたかい?」


 耳慣れた、だけど今となっては懐かしい、落ち着きのある男性の声。

 慌ててそちらを見るとそこに居たのはケンタロス伯父様。

 アタシも先程の少女のように駆け寄って抱きつく。

 それを伯父様も満面の笑顔で受け止めてくれた。


「伯父様、ご無事だったのですね!」


「あぁ、私たちもキミの両親もみんな元気にやっているよ。安心しなさい」


 思わぬ再会の感動に浸っていると先程の貴婦人が手を叩いた。


「はいはい二人とも、そろそろお客様を離してくださいな。積もる話は後でゆっくりと。……二階で陛下が待っていますよ」


 微笑みながら伯父や少女を窘めた彼女は美しい淑女の所作でアタシたちに背を向けるとゆっくり案内するように歩き出す。

 これから何が起こるのかと再び不安顔になったこちらに対して、伯父様が安心しろと言わんばかりに力強く頼もしい笑顔を見せた。

 

 ――もしかして歓迎されていたりするの? 


 アタシたちはみんなで首を傾げながら顔を見合わせた。



 貴婦人に先導されるままアタシたちは難攻不落と噂の女王国公館内を進む。そして特段目につくわけでもない一室の前までやってきた。


「陛下はこちらの部屋で皆様をお迎えします」


 少女と伯父様とは部屋の前でお別れだ。

 それが少し心許なく思えて、緊張感が戻ってくる。

 頭を下げつつも無言で部屋に入るよう促す貴婦人の圧力に冷や汗が噴き出してきた。伯父様に優しく肩を叩いて励ましてもらったアタシは深呼吸してから皆と一緒に部屋へ入る。

 ここは会議室なのだろう、十人以上が掛けられるような大きな円卓があった。

 だけど意外にも中で待ち受けていたのは少数。

 まずは見知った顔であるレッドさんに目が行った。

 その横にはアタシの周りにいない感じの、野性味溢れるちょっとカッコいい男性。この人はこちらへの敵意を隠そうとしなかった。

 その視線から逃げるように顔を別方向に背ければ、今度は笑顔の素敵な少年と目が合った。彼は優しい目でアタシに一礼する。だけどその笑みに貴婦人さんと通じる怖さを感じた。

 その隣には筋肉が凄いお爺さん。

 そしてそんな個性豊かな彼らを束ねるように中央で悠々とアリスちゃん。

 

「みんな、よく来てくれたわね。女王国として歓迎するわ。……さぁ、まずはそちらの席にどうぞ?」


 アリスちゃんが華やぐ笑顔で席を勧めてくる。


「いきなり呼び出すようなマネをしてごめんなさい。……だけど今日、この機会を逃してしまうと気がしたの」


 言っている意味はよく分からなかったが、言わんとすることは理解出来た。

 アリスちゃんは明日の決起集会で何かが確定してしまうのを恐れたのだろう。

 だから今のうちに接触を試みた。

 何がどうとかは全く分からないが。

 

 ――まぁ、それは今からおいおい、ね?


 お互い軽く出席者の紹介をした後、世間話のような現状報告が始まった。

 帝都の宰相陣営のことやレジスタンスに合流してくれた補領の状況など。

 話自体はケイトちゃんから聞いているのと大体同じ。

 だけど所々内情に詳し過ぎる部分があって。

 そこは噂の山猫とやらの力だろう。

 その間も貴婦人――側付きのクロエさんというらしい――がアタシたちの為に紅茶の用意してくれていた。

 その姿はまさに帝国淑女。

 ケイトちゃんの所作も綺麗だと毎回感心するけれど、この人はそれよりも数段格上に見えた。

 アタシなんかじゃ話にならない。

 

 ――これでも貴族令嬢なんだケドね。


 そんな見るからに凄い女性が、何故なにゆえアリスちゃんの下で働いているのか?

 アタシの考えていることに気付きもしないクロエさんは全員分の紅茶を淹れ終わると、嫣然とした笑みを浮かべたままアリスちゃんのすぐ横の席にこれまた優雅な所作で腰掛けるのだった。


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