第1話 アリス、生々しい悪夢から目覚める(上)


「――――ッ!」

 

 余りの痛みに耐えきれず、オレは身体をじるようにして跳ね起きた。

 それと同時に胃から何か熱いモノが喉を焼け付かせながら上がってくる。

 両目からとめどなく涙をこぼしながら、胃の中のそれを夢中で吐き出した。

 息が整わない。

 ……苦しい。

 死ぬとはこういうコトか!?

 そんな中で不意に背中がさすられた。

 どこかいたわるかのような優しい手つきだった。

 驚き、弾けるように振り向くと、そこにいたのはのクロエ。


「……クロエ? ……何故? ……まだ生きていたの?」


 何とかそれだけを絞り出す。

 しかし当のクロエはポカンとしているのだ。

 彼女から視線を逸らすと、今いるここは室内であることに気付く。

 外からは眩しく爽やかな陽の光が差し込んでいた。

 見下ろすと自分が転がっていたのは雑草が生え散らかす土の上ではなく、フカフカのベッド。

 その上に自分が吐いたモノがべとりと広がっているのだが、――想像していたようにではなかった。


 ――そもそも肝心のサファイアは!?


 あの禍々まがまがしい殺意をまとった気配は、今は微塵みじんも感じられない。

 正直訳が分からなかった。

 必死で現状を理解しようと頭を回しながら呼吸を整える。

 その間もクロエは誰かに指示を出しながら、オレの背中をさすり続けてくれた。




「――何か怖い夢でも見られたのですね?」


 いつになく優しい声のクロエがそっとオレの涙を拭い、口元も拭ってくれる。

 顔を上げると横からスッと水が差しだされた。

 目だけそちらに向けると、パールが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 彼女は魔王城でクロードに殺されたはず。

 それもこのオレの目の前で。

 確実に。

 それなのに……何故?

 そんなことを考えながらもオレは反射的にそれを受け取り、喉を鳴らして一気に飲み干す。


「……どういうこと?」


 改めて周りを見渡した。 

 一気にあの頃の懐かしさが蘇り、別の意味でオレの胸を抉る。

 ……女王国公館のオレの私室だった。


 ――ん?

 今、クロエは何と言った? 


 オレはクロエを見つめた。


「……ゆめ? ……アレが夢? ……本当に?」


 二人ともその声には答えてくれなかった。

 オレはせわしなく視線を動かし観察するが、特に彼女たちの反応から得るものはなかった。そのまま当てもなく彷徨った先に机。

 その上に無造作に積まれた書類の束見つけた。

 オレは恐る恐る立ち上がり、それに手を伸ばす。

 震える手でそれを掴むと、無言のまま貪るようにそれを読み始める。

 その間、二人はしたいようにさせようと思ったのか、何も言わずにオレを見守っていた。

 


 それは帝都とヴァルグラン関連の報告書だった。


「……まだ、ヴァルグランはあるし、領主マストヴァル夫妻は生きている……と?」


 クロエとパールが目を合わせて首を傾げるのが見えたが、オレは気にせず目を瞑って考える。

 徐々に頭が冷えてきて、記憶が戻ってきた。


 ――あぁ、そうだ。


 オレは山猫を総動員して、ずっとこれを調査させていたのだ。

 ようやくその報告書類が上がってきて、寝る直前まで読み込んでいた。

 やがて開かれる決起集会に向けてどう動くか見極める為に――。

 

「……そうよね。……


 思わず独りちる。

 オレの口から漏れ出たその物騒な言葉に二人の息を飲む気配を感じた。

 しかし今は気にしない。

 余りにも生々しい夢を見たせいで記憶が混乱してしまったようだ。

 

 


「……ねぇ。私、何か……変なこと言った?」

 

 気になるのは意識のないうちに何か重要なことを話していないかということ。

 しかしクロエは首を横に振るだけ。


「今朝公館に参りましたところ、珍しく陛下はまだ起きていらっしゃらないとお聞きしまして、もしかしたら少し体調がすぐれないのかと。……せめて何か御召し上がれないのかとこちらにお訪ねしたら、中から叫び声が聞こえまして……」


 クロエの言葉をパールが継ぐ。


「山猫がきちんと見張っているので賊の襲撃などはあり得ませんでした。ですがそれでも何かあったのかとボクとクロエさんと二人で部屋に飛び込んだら――」


「……私が苦しそうに吐いていた、と」

 

 オレの言葉に二人が頷いた。

 取り敢えず何かとんでもないことを口走った訳ではないらしい。

 オレは気付かれないようにホッと息を吐いた。


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