第2話 アリス、生々しい悪夢から目覚める(下)
「わかったわ。……もう少しだけ身体を休めたいから、午前の執務は取りやめてもいいかしら?」
正直今から起きて仕事をする気になれなかった。
だから少しだけ弱った顔を見せて同情を誘ってみる。
「午前と言わず今日一日ゆっくりしてください!」
それに過敏に反応したのか、珍しくクロエが声を荒げた。
言い方は丁寧だが中々に怖い。
ちょっとお母さん的な一面が垣間見えた気がした。
「そうです! そもそもアリス様は働き過ぎなんです! 今日はこの部屋から一歩も出ないでください! ……今はまだ食べられないでしょうけど、後で食べやすいものを用意してこちらにお持ちしますから。いいですね? ……ちゃんと寝ていて下さいね! ……絶対ですよ?」
パールもいつになく真剣な顔でそう告げるとキビキビとした動きで部屋を後にした。オレはそれを無言のまま見送る。
クロエも感慨深げにパールの出ていった扉を眺めていた。
「――それでは何かあったら、必ず呼んでくださいね? ……すぐに駆け付けますから」
そう言い残しクロエも部屋を後にした。
オレはノロノロと、いつの間にやら綺麗に整えてもらっていたベッドに再び寝転がり、ゆっくり目を閉じる。
そして誰にも聞こえないように――それこそ、この部屋内で姿を隠してオレを心配そうに監視しているであろう山猫にも悟られないように小さく呟く。
「……夢、……だったのか?」
本当にただの悪夢で片付けていいモノなのだろうか?
アレはまさしくオレが練り込んでいた計画そのものだった。
クロード、ゴールド、ロレントなどを上手く
集大成として皆が反対する中でクロードに皇帝を殺させ、全ての面倒をヤツらに押し付ける。
一方オレは安全圏で悠々と帝国を支配しながらその時を待つ。
我ながら惚れ惚れするような完ぺきな計画だった。
あの夢の中では、ほぼ全てが思い通りに運んだ。
想定以上といってもいいだろう。
再び神の声が聞こえるという予想外の展開にもきっちり対応して、それを計画の一部に組み込むことにも成功した。
その辺りの手際の良さは夢ならでは、といったところなのだろうか?
本当に何もかもが。
……そう。
――あの場にサファイアさえ現れなければ。
結局あれが最大の誤算だったのだろう。
舐めていた。
見切るのが早すぎた。
即断即決がオレの主義だが、完全にそれが裏目に出た感じだ。
あれを失敗と見做すならば、敗因はクロードで遊び過ぎたことにあるのは間違いないだろう。
結果としてサファイアにあまりにも強烈な一撃を喰らわされた訳だから。
もちろんあんなモノはただの夢だと無視してもいい。
寝ても覚めても頭の中で考えていることが、無意識のうちに夢という形で具現しただけの話だ、と。
現実があのように都合よく進むとも思えないし。
それでもアレを何かの
「……さて、……どうする?」
正直なところアレを修正するだけなら芸がないと思う。
それにもう見たかったセカイは見た。
夢の中で、だが。
そこまで一直線に考えて、オレは仰向けに寝転がり顔を覆った。
不意に乾いた笑いが込み上げてくる。
「……見たかったセカイだって? ……アレが?」
レッドとパールの死。
ブラウンたちの狂気。
残された者たちのあの
あれを目にしてオレは何を思った?
オレを信頼して命を懸けてくれた者たちが、自分なりに精一杯大事に守ってきた者たちが壊れゆく姿を見てどう思った?
所詮夢は夢でしかない。
あんなのはただの幻想だ。現実ではない。
それでも。
いくら何でも、アレは無かった。
だがオレは確かにあんな未来を望んでいた。
――そんな自分自身に吐き気がする。
オレはどうすればいい?
どうすればアレを回避することができる?
オレは目を瞑った。
さて。……今思いつくのは二つ。
まずはクロードたちを何とかしてこちらの陣営に引き入れるべきだということ。
彼らは確かな戦力になった。
勇者一行の名に恥じない動きをしていた。
今回はそれをオレがしっかりと制御する。
そしてもう一つ。
大規模戦争を回避しなければいけない、厳密にいえば勝ち組と負け組を作らない。
もっと言うなれば負け組を必要以上に追い詰めない。
追い込まれた人間の怖さは身をもって味わった。
それを踏まえて肝となるのがヴァルグランへの対応だろう。
何としてもマストヴァル家の人間を全員無傷で確保する。
できれば兵士たちからも余計な死傷者を出さない。
クロードたちをこちらに引き入れておけばそれも可能なはず。
夢の中では女王国としてあの戦争には関わらないよう心掛けていた。
それもやめる。
むしろオレがクロード一行とともに最前線に出て領主アランの説得に動くべきだろう。
それだけで何かが確実に変わるはずだ。
もし必要ならば女王国として譲歩を重ねてもいいだろう。
もちろんその上で最後にはきっちりと美味しいところを持っていくつもりだ。
女王国の民に不自由はさせたくない。
その辺りを踏まえつつ、上手く立ち回らなければ。
とにかくアレはゴメンだ。
今からオレが打とうとしているこれらの手が、どんな結末に繋がるのか分からない。
どうせなるようにしかならない。
それでも、オレはみんなと笑いあえる未来を創ると決めた。
――今、決めた。
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