いつかの幸せな記憶 アリス、バカ騒ぎを楽しむ(下)

 

 女王国公館の一階大食堂は多数の人間を収容できる場所だ。

 そこに主だった人間を集めて宴が始まろうとしていた。

 開会の挨拶のつもりなのか、ブラウンが声を張り上げる。


「はいはい! 静かに、静かに! ……それでは我らの姐さんから一言乾杯の音頭を頂きます」


 いきなりの指名だが、オレはそれに笑顔で応えて急拵きゅうごしらえ感が満載の壇に上がる。


「――まずは、このような宴を私の知らない間に準備出来るぐらい、まだまだ余裕のありそうなみんなに感謝を!」


 オレなりの賛辞に皆がいたずらっぽく歯を見せて笑った。

 どうやらオレを出し抜けたことを喜んでいるらしい。


「……冒険者崩れの私がこの国の女王になって早二年が経ちました」


 聖王国の人間や山岳国の人間からすれば、オレは最初から女王だろう。

 だが本来は冒険者養成学校から逃げてきた一人の女子生徒だ。

 ギルド所属の冒険者ですらない。


「山の民を束ねてレイクサイドの宮殿を襲撃してから、もうそれだけの時間が過ぎたのです」


 ブラウンとレッドが感慨深げにこちらを見る。

 パールやマイカも懐かしそうな顔をしていた。


「あれから本当に色々ありました。国力を増強するためにレジスタンスと取引を始めました」


 ちらりとクロエを見る。

 彼女は内心を読み取らせない淑女の笑みを見せ一礼した。


「準備が整うと、自らの野望の為に聖王国との戦争を企て、それが終われば今度は山岳国をも挑発して新しい戦争を始めました。誰がいかに庇ってくれようとも、客観的に見れば私はただの侵略者です。……それでも、そんな浅ましい人間だと自覚しているからこそ、には幸せになって欲しいと願い、その為に動くつもりです」


 キャンベル、マグレイン、ガイ、ファズらが頷いた。


「――私はちゃんと女王の……為政者としての責務を果たせているのでしょうか? その疑問に対しての正確な答えが出るのに、おそらく最低でも十年はかかることでしょう」


 この国の未来の象徴でもあるウィルを見ると、彼も笑顔で返してくる。


「それでも取り敢えずこの国は今日、無事に二歳の誕生日を迎えることができました。……民たちも激動する環境の変化に戸惑いながらも、それなりに楽しく過ごしてくれているようです」


 本国から連れてきた将校や官僚たちが大きく頷いた。




「――この先、私はこのセカイに対して挑戦状を叩きつけることになるでしょう。……それがどういう形になるかはまだ決めかねていますが」

 

 皆が真剣な面持ちでこちらを見つめてくる。

 この女王国はオレの踏み台だ。 

 オレは自分の目的を達成させる為ならば、コイツら全員を切る覚悟だ。  

 魔王復活の責任を全てクロードに押し付けて、時期が来たら安全圏から一瞬のうちに宝具を掻っ攫っていく。

 そのときが来たら、こんなにも慕ってくれるパールやマイカたちのしかばねさえも踏み越えていくだろう。……何の感慨もなく淡々と。 

 そのつもりだが。

 …………その覚悟を決めたつもりなのだが。


「……それでも、みんなと笑いあえる結末を迎えたいと思います」

 

 ここにきてが出てきてしまった。 

 オレの視線はを見据えているのにも関わらず、心のどこかでこのセカイに残るのもいいかと思ってしまうのだ。

 こうやって気の合うヤツらとバカ騒ぎを続ける生活も悪くない、と。

 このセカイに骨をうずめるのも、それはそれで楽しいだろうな、と。

 ここ女王国公館での日々は殺伐としたオレの人生に潤いを与えてくれた。


「これからの女王国の発展とレジスタンス悲願達成、そしてみんなの幸せで輝かしい未来に! ――乾杯!」


 オレの言葉に皆も大声でグラスを掲げた。



 そこから始まる大宴会。

 元公国も聖王国も山岳国もない。

 いつの間にこんなに仲良くなっていたのかと思う。

 頼もしい限りだ。

 一人一人個性的な面々。

 全員に愛着がある。

 使い捨ての駒にしておくには本当にもったいない。

 

 ――こんなにも慕って集ってくれている者たちをオレはどうしたらいい?

 どうするのがなんだ?


「――ねぇ、アリス様ってば! こっちですよ!」


「もう! さっきから何難しそうな顔してるんすか? 今日はそういうのダメっす!」


 いつになくはしゃいだパールとマイカが近付いてきて、左右両方から抱きついてくる。オレはやむなく思考を中断され、二人に抱えられながら騒ぎの中心へと引きずられていった。

 顔を上げればクロエが笑顔で手招きしている。


 ――そうだな。


 今日は余計なことを考えるのはよそう。

 せっかく皆が準備してくれた宴だ。


「ゴメンね。そして……ありがとう。今日は目一杯楽しむことにするわ」


 オレは二人だけに聞こえるように答える。

 二人は無言のまま絡ませてきた腕にぎゅっと力を込めてきた。

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