13章 アリス再始動

いつかの幸せな記憶 アリス、バカ騒ぎを楽しむ(上)


「アリス様! 今日はお誕生日なのですよ!」

 

 朝一番でパールがオレの腕に飛びついてきた。

 その一言で起き抜けの頭が一気に醒める。

 ……だからなのだろうか、彼女は少しおめかししていた。

 そんな風に観察されているとも知らず、パールは心の底から嬉しそうな表情でこちらの顔を覗き込んでくるのだ。


「……そう、だったの? ……それはおめでとう!」


 内心でプレゼントを用意していなかった迂闊さに舌打ちする。


 ――このオレともあろうモノが、自他ともに認める最側近の誕生日すらも把握していなかったとは!


 忙しかったというのは言い訳にはならない。


「……で、いくつになったのかしら?」


 何とか挽回しようと突破口を探し始めるオレの問いかけに、彼女は一瞬驚いた顔をみせた後、楽しそうに笑い出すのだ。


「違いますって! 今日はのお誕生日ですよ!」


 その言葉に当時の記憶が蘇ってきた。



 そうか。

 あれからもう二年も経ったのか。

 建国直後あたりだろうか、国威発揚やら女王という存在を国民たちに浸透させる手段として、オレの生誕祭を盛大に祝おうという話が持ち上がっていたのだ。

 しかしアリスの人生はあの日始まったものだし、そもそも誕生日すらなかった。

 学校の書類をあたれば、何か分かるかも知れないが。

 だが当時のオレにそんな時間の余裕などあるはずもない。

 だから、どうせ祝うならば来年この国の誕生日を祝おうと提案したのだ。

 いかにも民を愛するアリシア女王らしい、ちょっと気の利いたことを言ったものだと、そのときは自画自賛した。

 単純にやらなくてはいけないことが山積みだったから先送りしたというのも否定はしない。

 そして肝心の一周年は山岳国との戦争準備中。

 オレはレッドと補領巡りをしていた。本国としてもそのような雰囲気にならず、どうせなら山岳国を併合してからにしようと再び延ばされることになった。 

 ……そして。




「――やっぱり今年も忘れていました?」

 

 パールがちょっとだけ身体を離した。

 がっかりさせたか。


「えぇ、ごめんなさい。……あなたたちにとっては本当に大事な日だったのにね」


 ここは素直に謝るとしよう。

 オレは出来るだけ申し訳なさそうな表情を作る。


「大丈夫です! 実はそんな感じだろうと思っていました! ……ずっとお忙しくされていたのは分かっていましたし」


 健気なパールが気丈にもオレを慰めるかのように微笑む。

 そんな彼女がいじらしくて、いつもよりも優しく頭を撫でた。


「本国では祝日として、各地で簡単な式典が開かれるらしいですよ!」


 自分の知らないところで、皆しっかりそういったコトもやってくれていることに少しばかり感動する。

 発言力の為だけに作っただけのこの国もちゃんと前に進んでいるのだ。




「それに、実はこの公館でもみんなでささやかな宴の準備をしていたりします!」


 聞き捨てならないその一言に反応したオレが口を開きかけたら、軽いノックが響いた。

 許可すると笑顔のクロエが入ってくる。

 何やらいつもの簡素な貴族服と違い正装に近い。

 彼女のこんな姿を見ると帝国淑女の凄みを感じた。

 

「……やっぱり覚えておられませんでした」

 

 パールが彼女に笑顔で振り向いた。


「そうでしょうね。……仕方ありませんよ」


 クロエも苦笑で返す。

 なるほど彼女もその宴とやらに参加する為そんな恰好らしい。

 知らぬはオレばかりということか。

 ただクロエが一枚かんでいたと知った以上、これは作為的なものだと即断した。

 おそらくオレの口から一度も建国祭がどうだとか出てこなかったことに気付いた彼女が周りをそれとなく巻き込み、その一方でオレに対しては徹底的に情報を遮断してこの状況を作り上げた。

 知らない内にでもあるこの女王国公館で宴の準備まで。

 それらのことを女王国民ではないクロエがやって見せた。

 まだこんな細やかなサプライズだから笑って済ませられるが、もし仕掛けてきたのが奇襲戦だったならば、女王国は一気に瓦解がかいへと向かっていただろう。

 クロエからすればただの茶目っ気で、そんな深い意図は無かったとしても、やはり彼女は十分に警戒すべき対象だったのだと思い知らされる。

 気を抜いていた訳ではないのだが。

 そんなことを考えながら、当の彼女に身だしなみを整えて貰っていた。



 


 

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