パール、ネリーから心得を授けられる(下)
「そうそう。もう一つ大事な話がありました。贈り物の話です。……欲しいモノがあったとき、貴女はどうしますか?」
「……別に欲しいモノなんてないです。今はウィル君と一緒にいられるだけで幸せですから」
ちょっとお母様の前で言うのは恥ずかしい。
言葉を選ぶべきだったかも。
背中に殺意の視線が刺さった。
……おそらくナナさん。
目の前のお母様は、へにゃっと一瞬頬を緩めたが慌てて真剣な表情を作る。
「あの子の母としては嬉しい限りですが、ハルバート家の嫁としては失格だと言わざるを得ません」
思っていたよりも厳しい言葉にボクは姿勢を正した。
「いいですか? 山岳撫子として、自分の金で欲しいモノを買うのは三流。欲しいとおねだりして買わせるのは二流。うっかり口を滑らせて気付かせるのは一流。巧妙にエサを撒いて一発で仕留めるのが超一流です」
ウィル君が戦術を話しているときのような感じと重なる。
彼もこういう言い回しを好んだ。
いや、むしろこちらが本家だろう。
ウィル君、たぶんメチャクチャお母様から影響を受けている。
「別に大して欲しくなくてもいいのです。ウィルが貴女の欲しがるものを推理する、そこに意味があるのです」
ボクはよく分からず首をひねった。
お母様がそんなボクを懐かしそうに見つめてに頷く。
「私も先生から教授頂いたとき、最初は意味が分かりませんでした。そこで実演して見せてくれたのです」
先生は少女だった頃のお母様と街を散策中に、宝飾店に並んでいた特に欲しくもなかった首飾りを指差したそうだ。
――今年はこれを贈らせましょう、と。
彼女はその日から視線や会話にさり気なく、細心の注意を払いながら混ぜ込んでいった。そして数か月後の誕生日、見事それをプレゼントさせたのだという。
「満面の笑みであの首飾りを握りしめ、拳を高く突き上げた先生は輝いていました」
お母様はうっとりとした表情で、在りし日の先生の姿を思い出している様子だった。
「私も早速ジニアスに試しました。恥ずかしながら、そのときになって初めて誕生日が近付く私のことを彼が注意深く観察していることに気付いたのです。私はその熱い殿方の視線の中で先生の教えの通り、決して気付かれないよう慎重に情報を織り交ぜていき、誕生日ついに目的のものをプレゼントさせることに成功したのです。……私は先生の言いつけを守って盛大に驚きました。――何故あなたは私の欲しかったものが分かったの、と! 彼の肩を揺さぶって問い詰めました。彼は心底満足そうな微笑みを浮かべてこう言ったのです『君のことを愛しているからだよ』と。――あの笑顔こそ、山岳撫子御歴々が心から求めたプレゼントなのでしょう。私はそのときようやくその一端を理解するに至りました」
……何という攻防だ。
言葉が出ない。
だけど……ボクも試してみたかった。
今すぐ!
「ウィルを利用したこともありました。夫は息子の目も使って私の欲しいものを調べていましたからね。……それを逆手に取ったのです。そして例によって望みのものを手に入れると驚く」
お母様は「あぁ、そういえば」と思い出し笑いをする。
「そのときついでに未来への種も仕込んでおきました。夫に内緒でウィルを呼び寄せ『……あなたの父上は頭の中を覗く魔法が使えるのかもしれない。……まさかウィル、あなたも私の頭の中を覗くことが出来るのか? 今も私が何を考えているのか見えているのか?』、と。そう真顔で問い詰めながら、あの子の胸倉を掴んでおきました」
イヤ、何もそこまでしなくても……。
下手すりゃトラウマだよ?
「おそらくウィルはその話を夫にしたことでしょう。……そして彼のことだからきっとウィルに『男同士の秘密だ』なんだと言って得意げにタネ明かししたはずです」
そうして人知れずその技術が継承されたのだろう。
この技術の継承も山岳撫子の大事な責務の一つなのだ。
今のボクならそれが分かった。
「……だからウィルの教育の為にも誕生日や記念日が近くなると適当なモノを欲しがって、エサをさりげなく撒いてあげなさい。ウィルにちゃんと推理させるのです。そして『正解』したら思いっきり驚いてやりなさい。それが山岳撫子の正しい振る舞いなのです」
ボクはその教えに大きく頷き、深く胸に刻み込んだ。
そこまで話し終えた後、お母様は少し表情を曇らせた。
「ただ、こちらがどれだけ頑張ったとしても、言うことを聞かない時だってあるでしょう。……悲しいことに男というのは本当にバカな生き物ですから。……そのときは――」
そのときは――。
「思いっきり殴ってやるのです」
……えぇっ!?
「愛をもって殴ってやりなさい。真剣に何度も、力を込めて何度も! おそらくあちらはこちらの顔を見て自分に落ち度があったのだと理解するでしょう。反省の表情を見せたら今度は力の限り抱きしめてやるのです。そして広い心で許してやりなさい。愛しているからこそ殴ったのだと伝えてやりなさい!」
それって、やばい何かのような気がする。
それより大事な息子さんを殴ってもいいのデスカ?
「構いません! 思いっきりやりなさい。それが山岳撫子の心意気です。先生も若い頃はガイ殿を全力で殴ったとおっしゃっていました」
……っ、ちょっと!
「もちろん私も殴りました。なぜならそれこそが『妻の愛』だからです」
それは多分虐待だと思います。
「いいえ、虐待ではありません。人を育てるためには痛みを伴うのです」
……だから何でさっきからボクの考えていることが分かるの?
そっちの方がよっぽど魔法だと思った。
それからボクはウィル君を育て始めた。
試行錯誤しながら。お母様と相談しながら。
ときに思いっきり殴ってやった。
ウィル君は泣きながらボクに謝ってくれた。
だからボクも力の限り抱きしめて許してあげた。
……うん。
山岳撫子って楽しいかも。
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