第28話 アリス、予想外の展開に困惑する(上)

 

 今まさに、オレの目の前で大規模戦闘が繰り広げられていた。

 おそらくこれがこのセカイにおける最後の戦争。

 オレは巻き添えにならないよう、それでいてよく見えるよう、聖域の森を抜けてすぐの帝都を見下ろすことが出来る高い木の上に特等席を確保し、観戦していた。

 つい先程、魔王城が海に沈んでいくのもここからはよく見えた。

 レジスタンス軍、帝国軍、あそこにいるのは女王国軍。他にも各補領軍たちも姿を見せている。まさに勢揃いで壮観そうかん

 よくも短時間でここまでの準備が出来たものだと、改めてクロエやニールの優秀さを確認する。

 それに対するはたった一人。

 

 ――いやはや。

 本当にオマエは恐ろしいヤツだよ、クロード君。


 ヤツの一振りで、人が木の葉のように簡単に吹っ飛んでいく様を見てしまうと、乾いた笑いしか出てこない。



 クロードが城を崩壊させたときには、流石に度肝を抜かれた。

 変な声も出てしまった。

 どうやらオレは元勇者であったにも関わらず、まだまだ『勇者という存在の持っている潜在能力』を理解しきれていなかったらしい。 

 だが、流石にあの大爆発をもたらした魔法でヤツの魔力も尽きただろう。

 おまけにこの一対多数の現況。

 それなりに深いキズも負っているはず。

 ……それでも戦闘は一向に終わる気配を見せなかった。

 クロードが剣を一振りするごとに野太い悲鳴が響き渡る。

 

 ――ヤツは完全に人間の限界を超えた!

 誰もが認める魔王だ!

 セカイが、そしてこのオレが生み出した新しい魔王だ!

 

 もはや普通の人間が真正面から戦って何とか出来る存在ではなくなってしまった。



 もちろんクロードとて元は人間。

 そのうち疲れたりするだろうし、夜になると眠たくもなるだろう。

 もしオレが人間代表としてヤツ討伐の陣頭指揮を執るならば、被害少なくそれでいて確実に仕留める為、そう言った部分での勝負に持ち込む。

 はてさてクロードはそれをどう乗り切るのだろうか?

 城の崩壊とともにこのセカイの指導者連中が全員くたばっちまった今、残された人間たちは新しい魔王をどうやって討伐するつもりなのか?

 この先どういう展開が待っているのか、興味は尽きない。



 眼下で細心の注意を払って創り上げてきた最高傑作セカイが容赦なく破壊されていく。

 他ならぬ自らの作り出した魔王の手で。

 オレはその様をじっと眺めていた。

 子供の頃、砂遊びで作った城を最後にブチ壊す感覚によく似ている。 

 ……爽快さと物悲しさが混在する何とも言えない感じ。

 やはり芸術とは最後にブッ壊してこその芸術だと再確認できた。

 どれだけ完成度が高いモノでも、形あるものならばいつか必ず風化する。

 それならば敢えて自分の手で壊して終わらせるのが一番。

 それが無理ならば自分の目の前で他の誰かに壊してもらう。

 その様をつぶさに見届けることで、心置きなくに取り掛かることが出来るというモノ。

 ゆっくりと朽ち果てていくのは、それはそれで味わい深いモノはあるのだろうが、オレの美学には反する。



 思いふけりながらクロードの働きを眺めていると、どこからともなく笛の音が鳴り響くようになった。

 それに音に呼応するように、今まで統率感もなく戦っていた兵士たちが一斉に引いていく。一糸乱れぬその動きには目を見張るものがあった。

 クロードは特に何かを気にする様子もなく、悠々と彼らを追いかけていく。

 人間相手に負ける気はしないという感じがアリアリと出ていた。

 多少の被害を出しながらも、兵士たちは陣形を崩すことなくしていく。

 高い所にいるオレの目には、都の外へと誘導しているように見えた。

 そのあまりにも美しいその手際に鳥肌が立つ。

 あっという間にクロードは平原に誘い出されてしまった。

 そして遠巻きで彼を何重にも囲む兵士たち。

 クロードもようやくコレが罠だったと気付いたらしく、剣を下ろして周りを見渡していた。

 オレも同じように見渡すと、少し離れた丘に軍が控えているのが見えた。

 魔王城出現の際、迎撃の拠点にするようにと指示していた丘。

 どうやらあそこから指示が出ていたらしい。

 風を受けてはためいているのは見慣れた女王国旗。 

 ということは――。


「……ブラウンか。……生き残って――いや、クロエが初めから別動隊として準備させていたのか?」


 ここまで大々的に軍が展開している以上、彼女はこんな破滅的な状況をも想定して動いていた可能性があるということ。

 そしてに備えてブラウンを残しておくという意味――。


「……人間相手にを使う気か!?」


 オレは一つの可能性に行き当たり、思わず身を乗り出すようにして丘に目を凝らした。


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