第29話 アリス、予想外の展開に困惑する(中)


 帝都を俯瞰ふかん出来る丘に注意を向けたその瞬間、途轍もない轟音が鳴り響いた。その音と共に矢と呼ぶには凶悪すぎる石柱が発射される。

 目標は当然の如く魔王クロード。

 そして石柱は寸分狂いなく着弾した。

 絶句するオレに溜め息すら吐かせる間もなく、すばやく二発目が発射された。

 ……それも当然のように高い精度で着弾。

 先に実戦経験していたのが活きたのだろう、演習の頃とは比べ物にならない程の手際の良さと制御だった。

 そしてもう一発発射。

 着弾。

 もう一発。

 着弾。 

 それが更に数発続き、ようやく止んだ。

 土煙の中で動くモノの気配など全く感じられない。

 巨大な竜でさえ一発でほふるほどの攻撃を十発以上立て続けに受けて生きていられるモノなど、このセカイに存在するはずがない。

 確かにアイツは新しい魔王だが、それでも元は人間なのだ。

 もはや骨の一片すら残っていまい。

 間違いなくクロードは最初の一撃で絶命していただろうし、そのことは指揮するブラウンも特製バリスタを射出していた魔術師たちも理解していたはず。

 それでも彼らは容赦なく発射し続けたのだ。

 それはオレやパールを奪われたことに対する怒りなのか、それとも狂気に満ちた憂さ晴らしなのか。……おそらく両方だろう。 

 ブラウンの、そして女王国の皆の憤りと悲しみを見せつけられた気分だった。 



 

「――おいおい、まさかコレで終わりかよ……」


 感情を持て余したオレは、取り敢えず苛立ち紛れに独り言を呟いていた。

 新たなセカイへの旅立ちを祝して、もっとこう、……豪快に派手に華々しく、ドカン! ドカン! というのを期待していたっていうのに。

 確かにバリスタがドカンドカンとやってくれてはいたが、コレじゃない感が満載だった。

 拍子抜けと言ってもいい。

 完全な不完全燃焼だった。

 もっと長い時間、ヤケクソになったクロードの頑張りを見ていたかった。

 人外の強さを誇るヤツに、もっと破壊と殺りくの限りを尽くして欲しかった。

 そして最後には血反吐ちへどを撒き散らしながら、剣や槍で身体中を刺し貫かれてハリネズミのようになったヤツを指差して笑ってやりたかった。

 自分のことを最後まで信じてくれていたレッドやパールを見殺しにしてまで見たかったモノの結末がとは。

 最後の最後でアテが外れた。

 

「……ルビーのペンダントを渡してしまったことがマズかったのか?」


 結果としてクロエに準備時間を与えてしまうことになった。

 しかしあの強さを誇るクロード相手に準備不足は致命的だった。

 一方的だと面白くない。

 だから派手にぶつかる為には必要な手順だと思ったのだが――。

 

「……やはり特製バリスタが余計だったのか?」


 魔王復活に備えているという本気度を皆に示す為、そして何よりオレが個人的に魔王と戦うのが面倒になったときの為、そんな気まぐれで用意させたアレがここに来て裏目に出てしまった感じだ。

 しかしこればかりはブラウンを責める訳にはいかないだろう。

 対魔王用最終兵器として用意していたアレを彼は『正しく活用』しただけだ。 

 


 オレが人知れずアレコレ後悔している中、眼下では生き残った兵士たち仲間たちの死を悼みながら、戦勝の歓声をあげることもなく淡々と事後処理をしていた。


「……さて、これからどうしたモンかねぇ?」


 とはいえ、もうこのセカイに用は無くなった。

 さっさと3周目に行くだけだ。

 すでに次回の大まかな方針も決めてある。

 今度は宰相と組んでレジスタンスをブッ潰すのだ。

 クロエ、ロレント、テオドールを敵に回す。

 特に本気のクロエを相手にどこまでやれるのか、それが楽しみで仕方がない。

 ケイトも侮れないと知った。手際としてはまだまだ甘いが、あの思い切りの良さは実にオレ好みだ。流石はクロエの娘といったところだろう。

 アイツらをまとめてどう手玉に取ってやるのか、今から腕が鳴るというもの。

 

「ハルバート夫妻は……」


 クセが強いがあの夫婦も揃って優秀だと分かった。

 あの二人をテオドール夫妻にぶつければどうなるのか。

 期待が膨らむ。 


「懸念があるとすれば、その流れの中ではが手に入らないことだな」


 オレは手の中の宝具を握りこんだ。

 最終的に宝具を手に入れないことには次に繋がらない。

 どういった流れで皇帝を殺せば、自然に魔王討伐まで持っていけるのか。

 しばらく考えてみたものの、イマイチ楽しい展開が思いつかなかった。


「――今回は少々上手く行き過ぎたのかも知れないな」


 オレは呟きながら木の上から飛び降りると、固まっていた身体を伸ばしてコリをほぐす。

 ここで思案してもラチがあかない。続きは下準備でもしながら、ゆっくり考えることにしよう。

 どうせ、なるようにしかならないのだ。

 俺は右手で宝具を握り、突き上げると――。


『――どうするのだ? 本当に3周目に向かうつもりか?』


 頭の中に直接声が叩き込まれた。


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