第1話 勇者メイス改め転生名アリス、下準備する。

 宝具『逆巻きの懐中時計』を掲げた直後、白いもやのかかったようなセカイが広がった。そしてオレの頭の中に直接頭に響いてくるあの忌々しい声。

 

『汝の名を告げよ』


 偉そうなおっさんの声――いわゆる神の声だ。


「アリス」


 オレはそう告げる。


『性別は』「女性」


 そう、今回は女でいく。

 前回の旅はあまりにも色気が足りなかった。

 ウィップという貧乳女魔法使いが居るには居た。

 しかし正直アレは女としてはノーカウントだ。

 気がキツい。口うるさい。金に細かい。人使いが荒い。重いものは持たない。

 全然潤いのない日々だった。ならば自分自身で旅に華を添えてやる。

 ――色仕掛けとかも興味があるし。

 

『職業は』「……盗賊」


 一瞬、戦士とどちらにするか迷ったがやっぱりこっちだ。

 前回の旅ではアックスという筋肉バカの戦士がいた。

 素早さが無いせいで、ことごとく敵モンスターに先手を取られた。

まぁ重量武器を使っていたのも理由だろうが。

 魔法使いも詠唱に時間が取られる。

 神術師のオレは攻撃手段が乏しいので、仕方なく前線で敵の攻撃を引き受ける役目をしていた。

 勇者一行の戦闘となれば何かと注目されるモノ。


『アレ? なんか、勇者あんまり戦闘で役に立ってなくね?』


 なんてコトを言われるのは正直ゴメンだ。

 だが、いくら体力をつけたところで殴られるのは痛い。

 回復したところで、痛かったことは身体が覚えている。

 

 

 という訳で前回の反省を踏まえ、今回は盗賊を選んだ。

 先制攻撃、いい響きじゃないか。

 回避力にも長けている。隠密行動はお手の物。

 盗賊スキルでアイテム集めも捗りそうだ。

 

『最後に容姿を。強く頭の中に思い浮かべよ』


 待っていました。

 これが一番大事。オレの理想の女性像を思い浮かべる。

 愛嬌があって胸もそこそこ大きめ。

 何より美形、それも優しげな美人。

 あとはアレコレ……。

 それらを形にして思い浮かべること数秒。徐々に視界が広がっていった。


 ――こうしてオレはアリスとして第二の人生を始めることになった。



 気が付くと、そこはこじんまりとした一室だった。

 どことなく見覚えがある。冒険者養成学校の宿舎だ。

 以前使っていた部屋とは微妙に配置が違うが、きっとそういうモノなのだろう。

 おそらくここは女子寮だろうし。

 突き上げたままの右手を下ろすと何かを握っているような感触。

 ゆっくり手を広げるとそこにあったのはつるんとした小石。

 仲間たちには言わなかったが、これはいわゆる2周目特典だ。

 ――宝具『賢者の石』。

 無制限に使用可能な体力全回復アイテムだ。

 これさえあれば回復薬を買いこまなくて済む。

 金銭的にも重量的にも実に助かる。

 神も粋なことをしてくれたモノだ。



 ちなみに今はまだ神の声は聞こえない。

 神によって選ばれた勇者が善行を重ね、レベルが一定まで上がったとき初めて聞こえるようになる。……らしい。

 前回神がそういってオレを納得させただけで、本当は違う基準があるのかもしれないが、今はそういうことだと信じておこう。

 あの忌々しいおっさんの声が頭に響くことが無いだけで十分幸せだ。

 まぁ今もどこかで見てるのかも知れないが。 

 正直今回は勇者として生きるつもりはない。

 誰かに指示されてあちこち駆り出されるのはもう嫌だ。

 オレのオレの考えで動く。

 オレの生きたいように生きる。

 


 とりあえず今はこれからの事を考えないといけない。

 まずは現状の把握。話はそれからだ。

 前回と同じことが起こるのであれば、近いうちにこの養成学校はモンスター軍団に襲われ、教師や生徒の大多数はこの地で朽ち果てることになる。

 僅かな生き残りだけが最寄りの町マインズに逃げ込み、命を繋ぐことが出来た。

 忘れもしない、これが一連の流れだった。



 オレもあのときは逃げることに必死だった。

 だが今思えば敵自体はそれ程強くもなく、ただ物量で圧倒された感じだった。

 2周目の今ならばもっと上手く立ち回って、簡単に生き残れるはず。

 しかも今回は『賢者の石』だってある。

 前回の反省点があるとすれば、モンスターの襲撃に対し何の準備も出来ていなかったことだろう。 

 おかげでしょぼい装備しか用意できずに飛び出してしまうハメになった。

 あれは致命的だった。

 学舎にはもっといい武器だってあっただろうに。

 それらを襲撃のドサクサに紛れて拝借することができれば、今回はもっと楽な船出となるのではないだろうか。

 オレはそう考えると、早速拝借品に目星をつけるべく部屋を後にした。

 

 

 生まれ変わって二日。

 今日は朝から小雨が降り、昼なのに日が差さず薄暗かった。実にいい天気、まさにモンスター襲撃日和だ。前回の記憶が正しければ今日がその日だったはず。

 実は昨晩から待ち遠しくて、一睡もしていない。

 少しばかり眠いのはご愛敬というヤツだろう、オレは教師の声に耳を傾けながらあくびをかみ殺す。

 昨日までにあらかたの準備は終了している。

 あとは想定通りの無駄のない行動をとればいい。

 

 

 授業そっちのけで再度手順を確認していると、ついにその時が訪れた。

 あちらこちらで巻き起こる轟音。響き渡るモンスターの咆哮。

 逃げ惑う生徒たちの悲鳴。

 まさにファンファーレと呼ぶに相応しいモノだった。

 オレは教師の静止を無視し、混乱の真っ只中の教室を飛び出した。 

 廊下では我先にと逃げ惑う生徒たちで溢れかえっていた。

 こんなことでオタオタするあたりまだまだ未熟者の集団だと思う。 

 ……前回はオレもその中の一員だったのだが。

 教師たちの怒号と生徒たちの悲鳴が続く中でオレは悠々と歩みを進めていた。

 まず向かうのは武器庫だ。

 モンスター迎撃の為、教師たちによって開放される。

 その時を逃さず侵入するのだ。

 武器庫のある訓練棟の近辺は閑散としていた。

 生徒たちは逃げることに必死で校舎の外を目指すだろうし、教師たちはさっさと装備を整え迎撃に向かっているはずだ。

 とはいえここからは誰かに咎められることのないよう、慎重な行動を要される。

 オレは深呼吸して隠密行動に移った。

 

 

 武器庫はやはり鍵をかけないどころか扉が開かれたままだった

 余程慌てていたのだろうが、少々いただけない。

 物陰に隠れながら中を覗き込むが人の気配も感じない。

 教師たちも相当焦っていたのだろう、床の上や棚の中が散らかっていた。

 普段から学生にアレ程口酸っぱく武器庫の整理整頓をしろと説教喰らわせて置きながら、アンタたちはこれか、と思わず愚痴も漏れるというモノ。

 戦闘訓練のときに何度も借りているから、保管場所は完璧に把握してある。

 まずは盗賊も使える短剣を二振りを拝借。

 防具は革製のジャケットと、ツイてることに強化ブーツも残っていた。

 幸先いいなと思わず笑みが零れる。

 オレは早速学生服を脱ぎ捨てた。

 自分の身体だとはいえ未だに見慣れず、ドキドキしてしまう。

 ……一応これでも健全な男子だからな。

 現れた下着は戦闘用インナー。

 これはすでに宿舎で着込んでおいた。

 思わず部屋に備え付けてある大型の姿見でセクシーポーズを取ってしまう。

 といっても学校指定のインナーだから飾り気も何もないスポーツタイプだ。

 それでもオレは美しかった。

 これだ! これが潤いなんだよ、ウィップ!

 ふと我に返り、こんなところで油売ってる訳にはいかないと慌てて防具を身につけると再び部屋を後にした。

 

 

 医務室に立ち寄って適当に薬を拝借し、オレは学舎のエントランスに戻った。

 その頃にはすでに悲鳴もなく、モンスターがウロウロしているだけだった。

 その足元には食い散らかされた元人間らしき物体が転がっている。

 オレの姿を見るとモンスターは新しい獲物と見定めたのか襲いかかってきた。

 だがやはり、この程度ならば何の問題もなかった。

 多少の傷を負いながらも返り討ちにする。

 体力が減ってきたら『賢者の石』の出番だ。

 次々掛かってくるモンスターの返り血を浴びながら、オレは今回のどうしても手に入れておきたかったモノの前に到着した。

 透明な強化ケースの中で展示されていたのは名誉校長の剣だ。

 もう既に亡くなっているが、現役時代はここ聖王国の将軍だった人だ。

 山岳国からの侵攻を何度も食い止めた伝説の聖騎士。

 そんな彼に憧れてこの学校を目指した生徒も多いと聞いている。

 無銘の剣だが、若い頃から引退するまで身を守り続けた伝説の剣だという話だ。

 これだけは持って行こうと決めていた。

 

「それじゃ、頂いていきますよ、っと」


 オレは周りに誰もいないことを確認して、ケースのカギをチョチョイと開けて取り出した。

 

「……意外と重いな」


 ロングソードは見た目以上に重いモノだが、これを装備するってのは無理そうだ。

 

「……仕方ない、売り飛ばすか」


 剣を鞘から抜き、刃毀れがないか確認する。

 さすがにこの学校のシンボルだけあって綺麗に手入れされていた。

 剣を鞘に戻すと、背中にかつぐ。

 もうこの学校に用はない。

 オレは床に転がっているほんの数時間ぐらい前までは同じ生徒だったであろう死体を跨ぐと、誰にも目撃されていないことを確認してからその場を後にした。



 さて、それではこのセカイを楽しみましょうか。

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