第2話 アリス、勇者フラグをへし折る。

 

 学校の門を抜けるとそこから街道となっており、その道沿いに小さな町がある。

 学校関係者やその家族、学校に商品を納める商会とその従業員、そういった人たちの為の住宅、さらに彼らの生活を支えるための商店などで構成されているこじんまりとした町だ。

 また生徒たちの憩いの場でもある飲食店などもあり、休日などは賑やかな笑い声が溢れるいい町だった。

 ……今はもうその面影すら感じられないが。



 モンスターの襲撃はその町の中でも続いていた。

 前回の旅のときは、思い出の場所が破壊されているのを見て、怒り悲しみやり切れなさなどの感情を爆発させたものだが、今回は何の感慨もない。

 そもそもアリスとしての人生は、ほんの数日前に始まったもの。

 当然といえば当然か。

 あちこちに横たわる、モンスターに襲われ命尽きた住人の死体の数々。

 ある者は片方の靴が脱げた姿でうつ伏せに。

 ある者は剣を握ったまま仰向けに。

 学校から何とか脱出することは出来たものの、ここで息絶えた学生服姿もチラホラ確認された。

 オレはそれらを横目で眺めつつ、予定通り最初の目的地マインズを目指すことにした。

 

 

 襲い掛かってくるモンスターを適当に相手しながら進む。

 キチンと武器を用意しておいて正解だった。

 そんな状況の中、一瞬何かの寒気が身体中を走り、オレは思わず立ち竦む。


 ――何だ? この違和感は?


 これ以上は絶対に近付くなと本能が叫んでいた。

 オレは改めて周囲を見渡しながら冷静になって考える。

 目の前にあるのは見覚えのある十字路。

 ……あぁ、そうか。忘れもしない。

 前回、オレはこの先で親とはぐれた子供を拾ったのだ。

 レスターとか言ったっけ。

 そしてそこから始まるのが、勇者として祭り上げられる怒涛の展開。

 

 ――こんにちは、めくるめくお使いの日々。

 こちらは地獄へ直行の道となっております。

 それではごゆっくりお進みくださいませ。


 ……それだけはゴメンだ。

 何としても回避せねばなるまい。

 流石に子供を見殺しにするのは、少し心苦しいモノがある。

 しかし、それでも、オレの2周目人生を邪魔する存在は徹底的に排除する。

 この際、鬼と呼ばれようが構わない。

 


 オレは子供との合流ポイントを回避する為に脇道に逸れ、鍵の空いた一件の屋敷に侵入する。ついでに金目のモノを適当にくすねておいた。

 前回では考えられなかった行為だが、これもある意味2周目の醍醐味だいごみだ。

 勇者にあるまじき行為だが、これで神の声から遠ざかることが出来るのであれば、喜んで盗みも働くというもの。

 腹が減っていたので、テーブルの上に放っておかれたままのパンを咥え、二階のベランダに身を隠す。こっそりと下を覗くと、大通りがよく見えた。

 その先に両親とはぐれて途方に暮れる例の子供も発見する。

 ……そしてその子供を遠巻きに見ているモンスターの集団もはっきりと。

 誰がごちそうにありつけるのか牽制しあっているようにぐるぐると囲んでいた。

 自分の置かれている状況が理解出来たのだろう、子供がおびえて泣き始める。

 襲われるのも時間の問題か……。

 だが見捨てると決めた以上、これは避けて通れない悲劇だ。

 今回は情を捨てると決めた。

 オレは助けない。何があっても。


        絶対に助けない。



 


「……見ていられないな」


 ベランダを離れようとしたその時、疾走する一体の影が視界の隅に映った。

 次の瞬間、襲いかかったモンスターの爪を受け止め子供の前に立つ学生服の青年がいた。

 中々の身のこなしだった。

 躊躇いなく助けに入れるあたり、相当腕に自信があるらしい。

 前回オレも同じように子供を助けに入ったのだが、上から見るとかなりの無茶をしているのが分かる。

 モンスターたちは自分たちの狩りを邪魔されたことに苛立ったように吠えると、青年に狙いを定めて襲い掛かる。

 乱入してきた青年は集団で襲い掛かってくる敵の攻撃をしっかりと盾で防ぎ反撃を加えていく。

 自分からは仕掛けず、子供を守りながら冷静に対処している。

 相当訓練してきたのだろう、集団での戦い方を知っていた。

 ウチの学校の制服を着ているが、前回あんなヤツはいたのだろうか?

 確実に数を減らしていくのだが、後ろの子供を気にしながらの戦闘のせいでかなりのダメージをくらっている。

 そろそろ回復しないと――。

 オレがそんなことを考えた瞬間、彼の身体が薄緑色の光につつまれた。


「……回復魔法?」


 普通の戦士かと思っていたが、まさかの聖騎士様ときたか!

 オレは観戦しながら思わず声をあげて笑ってしまった。

 

 

 ――聖騎士。

 戦士でありながら回復、補助魔法を使いこなすオールラウンダーだ。

 この職業でないと装備できない剣もある。それがまた格好いいのだ。

 さらに彼らしか使えない魔法もある。それがまた強力なのだ。

 おとぎ話などの伝承話に出てくる英雄は、話の真偽に関わらず聖騎士が多いので子供たちに絶大な人気を誇る。

 いわゆる憧れの職業だ。響きもカッコイイ。 

 だが物事には一長一短あるもので、きっちりと目標を定めて成長しないと、どっちつかずのポンコツなってしまう。

 加えて成長が遅いことも挙げられる。

 それに反比例して伸ばさなくてはいけないステータス、スキルが多い。

 少なくとも低レベルの頃は役立たず扱いされる。

 どこのギルドでも聖騎士が売れ残るのもそれが理由だ。

 ただでさえ供給過多である。

 どこのパーティだって即戦力が欲しい。彼らだって命が懸っているのだ。

 そのせいで、まともに経験を積む機会さえ与えられないと聞く。

 結局、大多数はロクに稼ぐこともままならず故郷に引っ込むか、適当な用心棒としての人生を過ごすぐらいしか選択肢が残されていない。

 裏社会の構成員で捕縛された元聖騎士なんてのもよくある。

 ……憧れだけではどうしようもないという世知辛い話だ。

 

 

 結局のところ、聖騎士は使い物にならない職業の代名詞となっている。

 もちろん立派な聖騎士も多数いる。そもそも伝説に残るぐらいだ。

 だがあまりにも使えないイメージが強すぎるのだ。

 レベルの高い聖騎士は手がつけられないほどエグいらしいが、そこまでいくのが大変だと聞く。

 典型的な大器晩成型の職業だと言えるだろう。 


 ――で、そのおとぎ話に出てくるような英雄候補生が今、目の前に現れた訳だ。


 体力を回復して再びモンスターに斬り込む聖騎士。

 まだ学生でありながらこの戦闘能力。

 もちろんこの程度の敵相手に手こずっているあたり、まだまだではある。

 それでも一山いくらのなんちゃって聖騎士とは格が違うのはすぐに分かった。

 オレが見守る中、彼は子供を庇いながら一匹、また一匹と確実に倒していく。

 

 

 オレはそんな光景を見ながら、徐々に口角が上がっていくのを自覚していた。


 ――彼との出会いを与えてくれたに心より感謝いたします。

 こんな面白いおもちゃを与えて頂き、本当にありがとうございます。


 折角だからオマエに勇者役を引き受けてもらうことにしよう。

 セカイ中をお使いで走りまわり、モンスターを駆除しながら旅をしてもらおう。

 ついでに各地で厄介事の処理もこなしてもらおう。

 頑張ってレベルを上げに励んで、ゆくゆくは魔王を倒してもらおう。

 これから起こるであろう面倒なことは全てオマエに押し付けてやる。

 オレたちの味わった苦しみを思い知るがいい。

 勇者という存在はどれだけ理不尽な目に遭うのかということを、このオレ直々に五割増ぐらいでじっくりと教え込んであげよう。

 散々苦労だけさせておいて、美味しいところは全てオレが頂くことにする。

 別名、嫌がらせとも言うのかな?


  

 オレはオマエの尊い犠牲の上に、自分の理想郷を建設してやる。

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