2周目は鬼畜プレイで【完全版】

わかやまみかん

1章 勇者放棄

第0話 女魔法使いウィップ、魔王討伐後バラ色の人生計画を立てる。

☆本作は多人数による一人称視点で展開します。

 語り部はタイトルの人物。今回は女魔法使いウィップです。




――――――――



「いま、何か拾ったでしょ!」


 私はそういう決定的瞬間を見逃すような女ではない。

 仲間の神術師メイスが拾い上げたのは、床に崩れ落ちた魔王の懐から転がり落ちた何か。戦利品の独り占めは私たちのパーティでは御法度だ。

 手に入ったお金は1ゴールド単位まで細かく分ける。

 これこそが私たちの鉄の掟だ。

 ただ、ほんの少しだけキツい言い方だったかもしれないなぁと反省する。

 ……ほんの少しだけ。

 当のメイスはというと、チラリとこちらに目を寄越すだけで特に気にする様子もない。ただ表情を一切変えず、いつものように溜め息を一つだけ。

 そして誰にも視線を合わせないまま中空に問いかけた。

 

「――で、これは?」


 独り言ではない。彼にだけ聞こえる声があるのだ。

 それは神の声と言われている。

 このセカイの神。私たちに魔王を倒せと宣託した神。

 今までの冒険の道標となってくれた神。

 ついでにアイテムの鑑定もしてくれる便利な神だ。

 そしてその声を聞くことが出来るのは、神に選ばれた勇者メイスただ一人。

 

「……なるほどね。……うん、そう。……わかった」


 神の説明に対して、メイスは眉間に皺を寄せたり、時に口元を吊り上げたりしながらも中空の一点を見つめてそれに耳を傾けていた。 

 ようやく長い話が終わったのか、彼は噛みしめるように何度も頷く。

 普段から滅多に感情を表にしない彼のその様子を見て興味を示したのか、痺れを切らしたかのようにもう一人の仲間が身を乗り出して尋ねた。

 重量武器を扱う戦士のアックスだ。


「で、結局のトコロ、ソレって何だよ?」


 メイスはいつもの微笑に戻って答える。


「あぁ、『逆巻きの懐中時計』だってさ。……何でも魔王が神界から持ち出した宝具らしいね」


「へー、そりゃまた随分なレア物じゃねーのか?」


「で、どういうアイテムなの?」


 そんな貴重品なら私だって欲しい。

 私たちは揃って頭を突き合わせ、その宝具を覗き込んだ。

  

 

 魔王を倒した今、これからの生活を考えれば先立つものが必要となってくる。

 宝具とくれば、そりゃもうモノ凄く高値で取引されるはずだ。

 もちろん性能にもよるだろうケド。

 ……流石に呪いのアイテムならいらない。

 そんな風にがっつく私たちを見てメイスが噴き出した。

 何がおかしいのよ! こっちだって必死だっての!

 私は彼を睨みつけた。


 

 

「……2周目」

 

 メイスが口にしたのは聞き慣れない言葉だった。

 

「……この魔王を倒す旅をもう一度最初からやり直せるんだってさ。……レベル1から。今まで手に入れた武器もアイテムもお金も全部持って行けないみたいだな」


 どんな御業みわざか知らないが、そんなことが出来るらしい。

 さすが宝具。だけど……。


「何だよソレ! ……どう考えても俺はパスだな」


 アックスは「絶対ないな」と手を振りながら魔王の亡骸に腰を掛ける。

 

「せっかくここまで強くなれたのに。……わざわざレベル1からって。一体誰得なんだよ!?」


 私としてもアックスに同意せざるを得ない。

 折角ここまでレベルを上げて、すごい魔法を覚えて、魔王まで倒したというのに。

 これから今まで貯め込んだ金を使っての、悠々自適でバラ色の平和生活が待っているというのに。

 もう一回初めからなんて。訳わかんない。


「私もパスね。……魔王も追い詰められたら使うつもりだったんでしょうケド。でもその前に滅ぼされてしまった。まぁカードゲームでもよくある話よね。引き際を見抜けない可哀想な子。本当にマヌケな魔王サマだこと」


 私もアックスと一緒になって魔王に腰を掛けた。

 実に座り心地がいい。何という快感。

 これぞ勇者一行の醍醐味だ。

 

「まぁ、ギリギリの線を見極めるのって結構難しいからな。回復のタイミングとかも結構シビアだし」


 懐中時計の裏表を眺めながらメイスも私たちに並んで腰掛けた。

 

「そうだよ、ソレ! そのせいで俺、何回か死にかけたんだからな」


 勢い食ってかかるアックスに、「もう済んだ事だからいいだろ?」と澄ました顔で畳もうとするメイス。そんないつもの掛け合いが始まった。

 ……あぁ、もうこんな楽しい旅も今日で終わるんだなぁ。

 私はそんなことを考えながら、しみじみと感慨に浸っていた。




「……で、お前らはこれからの身の振り方決めてんの?」


 アックスは気を取り直したようにこちらに話を振ってくる。


「もちろん! 帝都でお店を開くの」


 私はそれに即答する。

 これはもうずっと前から決めていたことだ。

 武具やアクセサリーに魔力を付加するのが楽しくて仕方なかった。

 おまけに、それらを武器屋に売り払うと予想以上の高収入が得られた。

 まさに天職だと、魔法使いで良かったと心から神に感謝したものだ。

 魔王が滅ぼされた平和なセカイとはいえ、いまだ各地にはモンスターが生息している。

 つまりまだまだ武具の需要はあるということ。

 だからこれを生業にするのだ。

 私はそれをモチベーションにしてここまで頑張ってきた。

 幸いにも開業資金は十分過ぎるほど貯まっている。


「ねぇ? アックスこそ、どーするの?」


「そりゃ男ならトレジャーハントに決まってるだろうよ! ……まだ見ぬ武器や宝物が俺を待っている!」


 アタマの悪そうなセリフだけど、これはもうアックスの味だね。

 確かにセカイ中を旅してきたけれど、それは目的を達成するための旅であって、ワクワクするような冒険とは無縁だった。

 だからアックスの気持ちはよく分かったし、彼らしいなって思う。

 

「魔王も滅んだし道中も結構楽になるだろうよ。……何か良さげなものが手に入ったらお前の店で売ってやってもいいぜ?」


「ホントに!? なんか楽しくなってきたぁ!」


 まだ見ぬダンジョンに思いを馳せて熱く語るアックス。

 どんな店を持ちたいのか夢を語る私。

 その間、メイスだけは思いつめたかのように無言で俯いていた。

 念願の魔王討伐を果たして気が抜けてしまったのだろうか?

 何か考え込むような表情の彼がだんだん心配になってきて、私たちは顔を見合わせると声を掛けてみた。

 

「で、メイス。お前はどうすんの? ……何か決めているのか?」


「店でも開く?  それともアックスみたいに新しい冒険に出る?」


 顔を覗き込んだ私たちに、彼は笑顔で応じるとゆっくり首を横に振った。

 そして右手に握ったままの宝具を目の前まで持っていき、それを強く握りこむ。

 

「……オレは2周目に挑戦しようと思う」


 目に強い意志を灯し、彼はそうきっぱりと言い切った。

 


 メイスという男は、正直なところ何を考えているのかよく判らない人間だった。

 もちろん勇者としては申し分ない。

 私たちのリーダーとして魔王を倒すという偉業を成し遂げた。

 それまでもレジスタンスの信頼を得て皇帝を倒すのに手を貸したり、出会った人々に迷わず救いの手を差し伸べた。

 戦闘面でも積極的に前に出て、敵の攻撃を引きつけることを躊躇ためらわない。

 神術師として回復や防護も一手に引き受けるというまさに献身的なスタイル。



 だけど私はずっと気になっていた。

 彼が時折醒めた目をしていたのを。


 ――まるで本当はこのセカイなんてどうでもいいと言いたげに。


 鈍いアックスあたりでは絶対気付かなかっただろうが。

 アイツは私の淡い恋心にさえ反応できない、ただのお祭り大好きな筋肉バカだから期待するだけ無駄ってモノかもしれない。

 ……おっと、話が逸れた。

 今はメイスのことだ。

 彼は私たちが不満を漏らしたような時でも決して笑顔を絶やさなかった。

 誰かに冷たい振る舞いをすることもなく、ただひたすら神の声に従い勇者としての務めを忠実に果たしていた。

 でも私の目に映るメイスは、そんな神の声すらいとうているように感じられたのに。

 

 

 そんな彼がまさかの2周目に挑戦するという。

 正気の沙汰じゃない。

 

「何でまた!? このセカイを救った英雄として、後は気楽に生きていけばいいじゃん!」


 私たちは別にセカイとここに住む人々を守る為だけに魔王を倒した訳じゃない。

 これからの平和なセカイで英雄として、勝ち組として、面白おかしく人生を謳歌するために頑張ったのだ。

 それなのに……。

 口の悪いアックスはもっとひどい言い方でブチまける。

 

「オマエ馬鹿だろ! 何が悲しくてもう一回なんだよ。今まで散々アイツらに扱き使われて、あちこちお使いさせられて、面倒事全部丸投げされてさぁ! ……自分たちの責任、全部こっちになすり付けた挙句、俺たちを捨ての駒のように扱って魔王城こんなところにまで差し向けやがって! ……なぁ、もう充分だろうさ! あとは好きなように生きようぜ!」



 私たちはこの魔王を倒す旅を続けていく内にだんだん屈折していった。

 仲間以外誰も信じられなくなった。

 何かあれば「冒険者風情が」と偉い人たちから馬鹿にされ、腕が立つと証明したら今度は勇者サマと持ち上げられて死地へと派遣される。

 そんな日々を、悔しくて眠れない日々を送り続けてようやく掴み取った平和。

 それなのにもう一度同じことをやろうだなんて。

 ……ドMだ。ホントどうかしてるよ。

 

「二人の気持ちは本当によくわかるよ。でも、ちょっと思う所があってね。……何となく、本当に何となくなんだけど、……次はもっと上手くやれそうな気がするんだ」


 静かにそう呟くと、メイスは凄絶に口元を歪ませて笑った。

 

 

 ……訂正。コイツはドSだ。

 なぜ私たちは長い間旅をしていて、この本性に気付けなかったのだろうか。

 今まで私たちが見てきたモノを根底から覆すような。

 まるで何かに取り憑かれたような――。

 そんな表情を見たアックスは何を思ったのか。

 きっと私と同じことを思ったのだろうなと目を閉じた。

 

 

 もう勝手にすればいい、と。

 どうぞ私たちの知らないセカイで生きてくれ、と。

 お前はこの平和なセカイに要らない、と。

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