第2話 アリス、女王としてこれからの展望を思案する。

ついに国を手に入れた。

 小さいながらも、オレは一国の女王となった。

 これでようやくこのセカイをことができる。



 前回はどれだけ頑張っても、最後まで冒険者のくくりから抜け出すことはできなかった。

 結局、個人では組織に対して強い影響力を持つことができない。

 どれだけ人々から勇者一行と呼ばれ信頼を得ようが、所詮個人事業。

 魔王を倒して英雄になったところで、たかが冒険者。

 あのまま、あのセカイにいたところで先は見えていた。

 

 ――冒険を続けて、まだ見ぬ宝物を探す?

 ――貯めた金で帝都に魔装具の店を開く?


 何だソレ!?

 オレを笑い死にさせる気か!?

 お前たちは悔しくなかったのか?

 たとえ悔しくても、その場に留まり続けるならば、お前たちは負け犬だ。



 オレは違う! 断じて違う!

 オレは今度こそセカイを手にして見せる!

 オレの力を神に見せつけてやる!

 その為には、誰もが無視できない勢力を作り上げる必要があった。

 発言力を手に入れる必要があった。

 ――この大陸の頂点に君臨するために。

 だから小さくとも国が必要だった。

 もちろん発言力は国の大きさ、勢力の大きさに比例することぐらいは理解している。

 だからオレはこれからこの国を大きくしていかなければならない。

 この国を豊かにしていかなければならない。

 長い道のりだということも当然理解している。

 それでも、オレはこのやり方でセカイを手に入れる。

 そう決めた。


 

 オレは急造の執務室での書類仕事に一段落つけると、大きく伸びをした。

 傍らでずっと仕事を手伝ってくれていたのはパールだ。

 彼女は俺を慕って、何かと身の回りの世話をしてくれる。

 まだ仕事のことは何も知らない子なので難しいことは任せられないが、貪欲に学ぼうとする姿勢は素直に好感が持てる。

 それにこんな可愛い女の子をはべらせるのも悪くない。


「……ちょっと休憩しましょうか」


「はい! ではお茶を淹れます」


「……あぁ、まだいいわ。ちょっと散歩してからね」


「はい、お供します!」


 この宮殿の人間は、やたらとオレを過保護に扱おうとする。

 ちょっと根を詰めて徹夜仕事をしようものなら、ちゃんと休憩しろと部屋に飛び込んでくるのだ。

 お前たちの、その甘やかしの結果があのフォート公に繋がったのではないか、と小一時間ほど説教してやりたい気分だ。

 ただ彼らの厚意を突っぱねるのも悪いのできちんと睡眠をとり、休憩時間は散歩がてら宮殿内をウロウロするのがこのところの日課になっている。 

 みんながどういう風に過ごしているのかも気になるし、丁度良かった。


 

 オレはパールと手を繋ぎ、長い廊下を深呼吸しながらゆっくりと歩いていた。

 そして扉の開いたままの政務室を覗く。

 基本的に仕事部屋の扉は開けておくようにと通達しておいた。

 これはオレの執務室でも同じことだ。

 出来るだけ、みんなの視線のある中で緊張感ある仕事をさせるたかった。

 見れば部屋の中では数人の政務官が書類と格闘していた。

 その中で一番仕事の速い男に声を掛ける。

 

「シルバー、何か困ったことはない?」


「あぁ、大丈夫です。忙しいですが、こちらだけで何とか処理出来ます」


 彼の言葉から溢れる自信は嘘でも見栄でもない。

 その実務能力は確かなものだった。

 初めて会ったときは少々頼りなく思ったモノだが、聞けば結構な量の仕事をこなしていたとのこと。

 ……まぁ、押し付けられていたともいうが。

 だがそのおかげで彼はこの宮殿の中で一番頼りにできる政務官となっていた。


「そう……じゃあ、これもお願いね?」


 散歩に戻るついでに、ブラウンから届いた分厚い封筒を渡しておいた。

 部屋を出る前に振り返ったら、シルバーが想定外だったとばかりに書類の山に突っ伏していた。



 ちなみに手紙に書いてあったのは武器兵糧など多岐に渡る物資の催促だ。

 ブラウンは正直、予想外の人間だった。

 元々山の民との連絡役になればいいという程度の期待だったが、大きく裏切られた。


 ――もちろんいい意味で、だ。


 勇者サマ一行が国を出た後も引き続き国境の砦を監視させていたのだが、宮殿制圧後、試しに数十人単位の兵士を預けてみたら、あっさりと砦を落としてしまった。

 しかもこちらは、ほぼ無傷で。

 何度か迎撃戦があったらしいが、全て返り討ちにしたと。

 ただの野盗だと思っていたが、中々の統率力だった。

 何故だか判らないが無駄に学もあるので、上手く使うことが出来れば大きな戦力に化ける可能性がある。

 将来的に一軍を任せてもいいのかもしれない。 

 実戦に勝る経験はないだろうから、そのまま砦に置いている。

 王国側も山岳国との兼ね合いがあるだろうし、こちらに主力を持ってくる訳にいかないから、丁度いい訓練になっている。

 

 

 そんなブラウン隊の戦力を底支えしているのが、山から供給され続けている武器であり、鉱山での採掘、製鉄、武器作成をダンが一手に引き受けて指揮している。

 彼は村長をしているだけあって、指導力は優れていた。

 荒くれ者の山男たちをしっかり束ねてくれている。

 

 

 窓から中庭を除くと、兵士たちが訓練していた。

 元々この国の兵士をしていた者と元義勇兵との混成部隊だ。

 もちろん彼らにも装備が行き渡るように手配した。

 まだまだ未熟な軍隊だが、経験を積めばそれなりの戦力になるだろう。

 そんなことを考えながら訓練を見ていたら、兵士の一人がオレを見つけ手を振ってきた。

 姐さん、姐さんと声を掛けてくる。

 見るからにお調子者だ。

 仕方がないから、こちらも手を振り返してやる。

 当然のことながら「訓練中に何をやっている!」と、隊長らしき人間の怒鳴り声が聞こえた。

 そちらを向いてペコペコと頭を下げ謝る兵士に、思わず笑みがこぼれる。

 最初は山の人間だけだったその呼び方も、いつの間にかほとんどの人間がそう呼ぶようになった。

 シルバーから「正式な場ではアリシア女王陛下と呼ぶように」との達しがあったらしいが、彼自身が普段からオレのことを姐さんと呼んでいるのでしまりがない。

 

 

 最初はその呼び方に抵抗あったが、今はもうそのフリだけだ。

 そうすることで人心を掌握できるなら安いもの。

 古今東西、恐怖で統治しようとした国は必ず滅んでいる。

 オレはそんなヘマはしない。

 まずは国民に愛され、その評判で名前を押し上げる。

 その為にはまずこの国を立て直さなければならない。

 この国でやらなくてはいけないことは山程ある。 


 ――ただ、国を立て直すに当たって、どうしても協力者が必要になってくる。


 この貧弱な国だけで、何とか出来るほどセカイは甘くない。

 なんといっても西には帝国が控えている。

 この帝国を攻略しないことには、大陸制覇なんて夢のまた夢だ。

 そこで、協力を仰ぐのが『レジスタンス』だ。



 彼らは皇帝を倒すことが平和への第一歩だと信じていた。

 オレたち一行も『神』が皇帝を殺すことを望んでいたため、それを実行するために動いていた。

 皇帝を倒すという思惑が一致した両者が、手を組むことになるのは当然の流れだった。 

 このセカイでも『神』の思い通りにコトが進むならば、前回同様レジスタンスと勇者一行は手を組むはずだ。

 今回はそこにオレたち水の女王国も参加させてもらうことにする。

 それも、出来れば勇者一行よりも早い段階で。

 彼らよりも高い信頼を受けて、レジスタンスの行動をオレの思い通りの方向へと誘導する。

 上手く立ち回わることができれば、野望へと一気に近づけるはずだ。


 

 ……さて、そろそろ仕事に戻らなくては。

 

「それでは行きましょうか、――レッド」


「はい、陛下」


 そしてこの散歩をしている間、ずっとオレたちの後ろで目を光らせていたのがレッドだ。

 こちらが呼びかけるまでは、じっと控えている。

 それが近衛騎士としての仕事だと言わんばかりの佇まいだ。

 ただひたすら職務に実直。

 あのフォート公に対しても持っていた忠義心。

 それに、ちゃんと戦える剣さえ与えれば、かなりの実力を発揮するはずだ。

 前回気付かなかっただけで、コイツは相当な掘り出し物だ。 

 レッドを手に入れることができただけで、この国を奪った意味があったとさえ思える。

 そんなことを考えながらオレは執務室に戻った。



 さぁ、それでは第二幕の開始だ!

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