ジャンキー
読者諸兄は、どれくらいの頻度で耳掃除、耳掻きをなさるだろうか。
ある人の曰く、耳掻きはひと月に一度以上してはならないのだと。いや、さすがに少なくない? せめて二回か三回くらいしてもええんちゃうの、と思いの向きもあろうが、なんでも、耳垢というのは耳の粘膜を保護する役割を持つものなので、むやみに排除してはならないらしい。
へえ、と思うには思うがわたしの場合はもう手遅れと言うか何と言うか、恥を忍んで申し上げると、わたしはほぼ毎日耳掻きをする。そうねえ、かれこれ一年半にもなるかしら。やめられないのである。辛抱がきかないのである。
一時はほんとにヤバくて外耳炎寸前、ていうかもう初期の外耳炎、発熱や痛みこそなかったものの連日耳ダレが出て、その状態で二ヶ月くらい過ごした。それでも耳鼻科に行かなかったのは、ひとえに、先生に怒られるのが厭、という五歳児のような理由からだった。なんでこんなになるまで放っといたの! とか怒鳴られたら。考えただけで身が縮こまり、なんとか病院の世話にならずして治らないかと、綿棒で外傷用の軟膏とかを塗ってみるのだけど、結局その綿棒をもってして耳をぐりぐり思うさま搔きたおすので、当然のこと全くよくはならず、ある日ようやく観念して、前に花粉症を診てもらったK先生の所へ行ったのだった。
怒られたくない一心で、わたしは問診票にも「十日ほどまえから」と虚偽の申告をし、なおかつ耳のこと以外にも「二週間前に風邪をひいてからというもの、ものがやや飲み込みにくい」と、100%の嘘ではないが、強いて相談するほどのことでもない、「なんとなくそんな気がする」程度の咽喉の不調も書き添えた。相談事が二つあれば、叱責も分散するのではないかと思ったのである。(そういえば、叱責が倍になる可能性については考えなかった。アホかもしれない。)
そうして恐る恐る入って行った診察室だったが、案に相違してK先生は極めて平淡で、
「かゆいだけですか? 痛くはない? ははーん、あのね、もっと症状が進むと痛みます、熱も出ます」
さっさと耳の中を見て、副腎皮質ホルモン剤と保湿剤の混合クリームを処方してくれたのだった。朝夕、綿棒で塗るよう指示された。
外耳炎といってわたしが思い出すのは親友のOである。「誠意」といったら昔、羽賀研二が「誠意大将軍」などと謎の新撰組みたいな馬鹿コスプレをして梅宮達夫に会いに行ってた姿を自動的に思い出してしまうのと同じに、「外耳炎」といえば高校の頃、耳の中に丸めた脱脂綿を詰め込まれていた制服姿のOが脳裏に浮かぶ。Oが外耳炎を患ったのは一度や二度ではない。わたしの中では外耳炎マスターである。早速、Oにメールを送った。「久しぶり。外耳炎になった」
Oはすぐ返事をくれた。「竹の耳掻きはあかんよ」
この一言のせいで、今ではもう竹を見ただけでOのことを想起してしまう。
ともあれ、処方された薬で、わたしの耳はたちどころによくなった、と言いたいところなのだがここからが恥の上塗りである。はじめの一週間くらいは調子が良かった。さすが医者の薬は効くものだと感心し、また、もうこんなしょうむないことで再び病院通いになるわけにはいかない、と思いもした。
しかしながら、ちょっとよくなるとわたしはまたも耳掻きに手を出した。我慢がきいて三日である。薬の残量がまだまだあるので、悪くなったら塗ればいい、という安易な気持ちが湧き起こり、ついついやってしまう。実際、前のように耳だれが出るとか、そこまで恐ろしいことには至らず、だからといってパリッとぴかぴかに良くなった感もなく、なんというか本当に「一進一退」で、永久に踏み台昇降を続けているようなイメージと言ったらわかってもらえるだろうか。
キース・リチャーズは七十年代にヘロイン中毒で死にかけて、全身の血液を入れ替える、なんていうものすごい治療をやったらしいけど、病院から出てきたキースは開口一番、
「これでまたヘロイン射てるでー」
と言ったそうだ。
薬の残り具合を見ながら、
「これでまだ耳掻きしたって大丈夫」
とか考えてしまうわたしは、自分のことを、そのときのキースといっしょだと思っている。思い上がりか。
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