四年制高校
このあいだ実家で探し物をしていたら、高校のときの生徒手帳と、大学の受験票が一緒に出てきてとても驚いた。こんなものが残っていたとは。
発掘された受験票の志望学科欄には斜線が引かれ、自分の訂正印が押してある。そうそう、これ、間違えて書いたんや。
わたしの手元にあるのは顔写真付きの、試験当日に本人の証明として机の隅に出しておく受験者用の「半券(三分の一券)」だったのだけども、元はB5サイズの一枚の紙で、残りの三分の一×二枚も事務手続きに関わる先方用の控えか何かとして、受験者票と同じことを書いて提出したので、わたしは都合三か所書き間違えをやらかし、つまり同じ紙の上に三つも訂正のハンコを押したのだった。
それを見た兄は言ったものだ。「俺やったらこの願書だけで落とす」
同感だ。
願書はいちおう受理されたらしくやがて受験票が返送されてきたが、それでも試験当日のわたしは「もう既にだいぶと不利になってるし」と憂鬱になりながら会場に向かったのだった。しかしまあ、不利もヘチマも、はなから今年合格するのは無理、もし受かったら儲けもんだと思っていたのだが。
わたしがマネージャーとして所属していたラグビー部では、「我が部においては、高校は四年制である」ということが公言されていた。どういう意味かというと、部員のおおむね七割が一年以上浪人したうえで大学に進学するということが常態化していたのである。留年するのではなく、いちおうちゃんと卒業してから浪人するのだから、厳密には「四年制」というのは誤謬なのだが、入部と同時に先輩のみならず顧問の先生までもが堂々と、その旨を宣告した。
そんなことを言われた新入部員は思う。自分は頑張って、是が非でも現役で大学に行く「三割」の側の人間になるのだ、ということではない。
じゃあ、とりあえず浪人して頑張ればいいのだ、と。
もちろんその年どしの波はあるのだろうが、マネージャーの自分も含めてちょうど十人だったわたしの同期生はほんとうに勉強しないメンツが揃っていて、三年次の最初の校内模試における理系コースの最下位と文系コースの最下位、そして同じく文系コースのブービーを擁するアホ集団だった。
暇さえあればウェイト室に集まってベンチプレスを上げる。三々五々プロテインを飲む。筋トレが嫌いなヤツもとりあえずはそこに来る。置いてある漫画を読む。定期テスト前の一週間とテスト期間中は部活も休み、休みてゆーか禁止になるのだが、やっぱり放課後になるとグラウンドに集まってタッチフット(タックルなしキックなしのいわば「鬼ごっこ」)をやる。小一時間やる。終わっても帰らないので見かねた先生が追い立てに来る。試合でも正規の練習でもないその自由参加のタッチフット中に転んで前歯を折ったヤツもいる。あと、ベンプレのバーが当たって、やっぱり前歯を折ったヤツもいる。
しかも、高校ラグビーの本番は冬である。正月の花園第一グラウンドを目指して、秋から地区予選が始まる。つまり、三年生たちは最短でも九月か十月まで引退できない勘定になる。春が過ぎ夏が過ぎ、野球部、サッカー部、陸上部、どの部も二年生と一年生だけになっていく中我がラグビー部だけはいつまでも三年が出張り、各部間のグラウンド使用交渉も我が部の主将だけが「一コ上」という事実のために常にわずかながら確実に優位、もう同級生はみんな体育の時間以外は制服しか着ないでいるのに自分たちは授業中もずっとジャージ、しかも勝ち進めば勝ち進むほど引退は延期。延期上等。
結局わたしたちは十一月二十なん日かの試合で負け、そのままぐだぐだの受験生になった。「オマエ、さいんこさいん、て何か知ってる?」「……ふ、フランス銘菓」
気分的には現役の受験生というよりすでに浪人生活が始まったような感じだ。部活がなくなると、別棟のクラスにいる部員にはとんと会わなくなってしまう。あんなに毎日見ていた顔を急に見なくなるのは不思議なものだ。そうこうしているうちにセンター試験がやってくる。このあたりになるともう学校に行かなくなっているのでお互いの動向はほとんど分らなくなる。当時の高校生にはLINEなんてなかった。
全部が終わって三月になって、ようやく追い出し試合で顔を合せる。新卒生はOBチームに入り、在校生の新チームと二十分ハーフのゲームをする。久しぶりにボールを持って走る同期生を眺める。どうせすべるに決まってるからどこも受けなかったというヤツ、どうせすべるんだったらと京大をメモリアル受験したヤツ、受験票持ってたら予備校の授業料が割引になるらしいでという噂を信じてやっぱり京大を受験したヤツ、いろいろいたけど先輩たちが言っていた通り、現役で大学に受かったのは十人のうちの三人だけだった。数学と物理が異常に得意だったK、文系のブービーだったM、そしてわたしである。
なぜ自分が合格したのかは全くもって謎だったが、ともかくも、大学当局は、あの不細工な書き損じをどうやら不問に付したものとみえた。まだ二十世紀だった。
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