アモーレ・ミオ
二月と三月、シックスネイションズを見るためだけにWOWOWに入った。シックスネイションズ。イングランド、アイルランド、ウェールズ、スコットランド、フランス、イタリアの六カ国が参加する、歴史あるラグビーの対抗戦である。
「歴史ある」と言っても、イタリアがこの大会に参加したのは2000年からで、それまでは長い間五カ国でやっていた。わたしは例によって、マッソーな異人さんたちのぶつかり合いをひたすら眺めるのが面白いだけで、別段どこのチームに肩入れしているのでもない。ただ、六カ国中ではその参加歴の浅いイタリア代表がとりわけ弱く、つい判官びいきというやつで、一コくらい勝てよ! と応援してしまう。しかもイタリアの主将セルジョ・パリッセは、すこぶるセクシーな男前なのだ。
ナンバーエイトのパリッセは、十九歳で代表入りして四度もワールドカップに出たというベテラン選手である。先週のアイルランド戦には脳震盪の疑いがあって出場しなかったけれども、きっと今年の日本大会にも来るはずだ。スキンヘッドのパリッセの剃り跡を試合中試合後仔細に検分していると、そら剃るのが正解やわ、という陣地の失い方をしているのがわかるがそれがどうした、彫刻のような美形がより際立ち、わたしはうっとりしてしまうのである。実はわたしはパリッセの有髪時代を全く知らないのだけれども、パリッセを見ているといつも、このひとが安珍だったら、と思う。
小学校に上がるまでは毎晩兄とともに寝床で、母におはなしをしてもらっていた。絵本を読んでもらうこともあったが、たいていは母がそらでやる「おはなし」で、母はそのネタをいろんなところから引っ張ってきた。母自身が仕込みのために読んでいて一番面白かった、と振り返るのは柳田国男の『日本の昔話』(新潮文庫)で、この本は今もわたしが持っている。もうカバーなんかとっくの昔になくなって、表紙もぼろぼろになっているのだけれども、わたしが自分の子どもにしてやっても特に受けがよかったのがこの本からの山姥譚だった。ほんの何行かで終わるような短い話から数頁にわたるものまで様々にあり、母は短いおはなしなら二つ、長いおはなしは一つと決めて、わたしたちに語って聞かせたものである。
母はさらなる新ネタを求めて、自分の好きな落語や歌舞伎の話まで繰り出した。中で最も印象深かったのが「安珍清姫」、道成寺のおはなしだった。
若い修行僧の安珍に出会った清姫は、その美しさに惹かれ恋に落ちる。しかしいかんせん安珍は僧侶、おまけに修行中。安珍は清姫に「また戻りますから」と嘘をついて道成寺に向かう。清姫はそれを信じて待っていたが、いつまでたっても戻ってこない安珍に業を煮やし、やがて姿は蛇になって河をも渡り、道成寺に辿り着く。寺の僧たちは総出で鐘楼の梵鐘を下して中に安珍を匿い、大蛇と化した清姫から守ろうとする。だが結局、その鐘を見つけるや抱きしめるようにして我が身を巻きつけた大蛇・清姫は、中の安珍を焼き殺してしまうのだ。
「まあ、開発初期の電子レンジの話やな」
とは母も言わなかったが、母が構成・演出した道成寺はそのような筋になっていた。今しも眠りに就こうとしている六つと七つの子にするのはどうかと思われる内容ではある。けれどわたしも兄も真剣に聞き、最後はふたりで「こっわーー!」と言った。後年わたしは市川雷蔵主演、清姫に若尾フェロモン文子を配した大映映画の『安珍と清姫』を見たが、なぜか雷蔵と若尾文子が二人して踊っている場面と、蛇(龍?)になった清姫が河を泳いでくるところ、その蛇が異様にしょぼかったことしか覚えていない。
今、イタリア戦を見ていると、ガタイのいいパリッセが画面に映るたびに、雷蔵ももちろんよかったけど、安珍はパリッセでもいい、と思う。そしてもし、六尺六寸三十貫のパリッセが安珍だったら、まじでやばいと気付いた時点で一人平気で梵鐘を持ち上げ、中から出てきて蛇の清姫にアモーレミオ、って言うんじゃないか。イタリア人やし。わたしが清姫やったら即許すね。モーマンタイ、つって。
などとゲームに全然関係ないことを考えているうちにイタリアやっとこ反撃しだしたりして、うわあ今何があったん。オカネを払って見てるのにこの節穴ぶり。ていうか脳内がよそ事にかまけすぎ。
余談ながら今年のワールドカップ予選のなかで一番のビッグカードは、誰が何と言おうとこのイタリア代表と、わたしのフランソワ・デクラークがスクラムハーフをつとめる南アフリカ・スプリングボクスの戦いである。十月四日のド平日に、何とかして静岡まで行く名分を、わたしはいま必死に考えているところである。
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