映画とゲロのことなんか
先日、久しぶりに映画を観た。二日で三本観た。近年稀なることである。
若い頃はわりとよく観ていたのだけれども、最近じゃあもう二時間座っていられない。じっと画面を見続ける、という行為が出来ないのである。後輩のSちゃんやはー太郎もそうらしくて、
「結局『老い』なんすよ、集中力が目減りしてるんすよ」
「そやん、風景だけのシーンとかウチ早送りしてまうで」
と言っていた。老いと言われたら、なるほどそうなのだろうという気がする。本やったら自分のペースで結構読めるんやけどなあ、とわたしはそのとき言ったが、それとてよく考えてみると「辛気臭いところ全部斜め読み」という早送りをやっているのだった。なんというかこう、そこまで付き合っていられないのである。多分残りの人生が少なくなってきたから急いでいるのだ。ご飯の支度とかもあるしな。
高校生とか大学生だった頃は日に二本も三本も映画を観ることがあった。あまつさえ観た映画の感想を書くノートまで持っていた。どんだけヒマだったのか。そしてそれらのことが自分の見識を深めたり、血肉になったかというと、ちいともなっていないと思うのだ。高尚で芸術的な映画は軒並み理解不能だった。フェリーニとかゴダールとかキューブリックとか。あれ何ですのん? わたしが愛したのはアメリカン馬鹿シネマ、略してABC。とくに高校生の恋愛ものなどがよい。そらぁ見識は深まらんはずだ。深まったらすごい。商売にできる。
わたしが久々に観たのは、一本目がデニーロが駄目弁護士を演じる『ナイト・アンド・ザ・シティ』、それがあまりにも釈然としない内容だったので悔し紛れに続けてクリント・イーストウッドの『ミリオンダラー・ベイビー』を朝四時までかかって鑑賞したのだけれどもアカデミー賞云々だからといって気分が晴れることはなく、仕方なしに翌日、何年も前に録画するだけしてほったらかしにしていた『ヒース・レジャーの恋のからさわぎ』を観た。こっ恥ずかしい邦題! でもそれがよかった。まさに高校生の恋愛もの、文句なしのABCである。観る者に何らむづかしいことを考えさせない設定、そして展開。わっかいヒース・レジャーもよかった。ただ一つ、あんなにしっかり肩幅があるのだから、もっと首と上腕を鍛えてムキムキになったらいいのに、と思った。余計なお世話だな。すまん。とにもかくにも一時間半ほどちゃんと座って観て、病気が治ったような気がした。うーん、ことによるとこれは血肉になりましたとカウントしていいのかもしれない。
そして本作には中盤、ヒロインのキャット(ジュリア・スタイルズ)が酔っ払ってヒース・レジャーの靴に吐くシーンがある。ヒース・レジャーは最初、堅物のキャットをデートに連れ出せたら報酬をやると言われて彼女に接近するのだけれども、キャットがゲロ上げるこの辺りから二人は本当に親密な関係になっていくわけである。
それを観ていて、わたしが昔読んでいた、キネ旬などではないミーハー映画雑誌のインタビュー記事で、たしかドリュー・バリモアが、当時の彼氏(誰やったかなー……)と付き合い始めたきっかけは自分が彼の靴にチーズマカロニを吐いたこと、と言っていたのを思い出した。
実はわたしも二十歳そこそこのときに、道端で寝るところまで潰れて、挙句好きな男の背中に吐いたことがある。それが今の夫である。際どい賭けではあるし、大体わたしの場合はその一撃に賭けたわけでも何でもなく単にまじで具合が悪くなっただけだったのであるが、あのリリー・フランキーだって名著『女子の生きざま』のなかで、どうしても吐かざるを得なくなったらその場で一番いい男にかけろ、それが「その後の展開も考えた超裏技」だと言っている。だからやってみる価値はある。頑張れ女子、おまえらはゲロでも当たれば大きい、とこぶしを振って申し上げておく。頑張れ女子。
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