人気怨念コンビ、ねたみ・そねみ
へんねし、ということばをご存知だろうか。伏見出身の母があやつる言語(まさしくマザー・タング!)が幅を利かせていたわたしの生家ではごく日常的に使う言葉だったので、だいたい誰にでも通じると思い込んでいたのだけれども、大人になって、通じることの方がまれだということが分かってきた。へんねし。
ただ、ぼんやりと、たぶん京阪奈方言なんやろうなあ、しかも古いめの、とは感じていたので、京阪奈出身者以外、そして若者にはわかられなくてもしかたない、と思っていた。ところが、夫の両親や、パート先のお姐様方なんかにもちょいちょい通じなかったりして、ここ十年くらいの間でわたしの思い込みは完全に瓦解したのである。
通じなかった皆さんから、ヘンネシって何、と聞かれたら、わたしは「逆恨みとか、ムキー! 妬ましー! って思う気持ちの、とくにお門違いなヤツ」と言ってきた。たとえばわたしが、同じ身長、同じ体重なのにあいつの方がチチがある、などと学生時代友達のことを妬ましく思っていたのは立派なへんねしである。菅原道真が大宰府に左遷された原因も、藤原時平のへんねしである。
今これを書くにあたって試しに広辞苑で「へんねし」を引いてみたら、驚いたことにちゃんと載っていた。そこでは「他人をそねむこと。嫉妬。へんねじ」と説明されている。けっこうあっさりした記述だ。さすがに広辞苑は一個人の胸囲の話などを例に出さない。
もはやそんな古語、死語の領域に入ってきているらしいへんねしであるが、わたしが使うので、うちの子たちも普通に使う。まだ長女が一年生、次女が幼稚園の年中さんだった時、何かのことで次女を褒めたら、傍らにいた長女が「みほちゃん(妹)ばっかりエライて言われて、ももちゃん(自分)はエラくないんや!」とふくれだした。すると絶妙絶佳のタイミングで次女が、
「ももちゃん! そんなん言うたらあかんねんで、ヘンネシー!!」
と姉を刺したのである。
ちゃんと使い方合うてる! わたしは密かに感心した。子どもの言語の獲得状況を見る瞬間である。以来、誰かがへんねし感情を起こしたと認定される際には、「へんねしヘネシー」という自作の囃し歌を歌って、反省を促すことにしている。無意味にリカーマウンテンのコニャック売り場に連れて行って、ヘネシーも見せた。
さて、ここで話は変わるが、わたしは自分の好きなアーティストおよびバンドのTシャツを数点、所持している。全部、独身の頃にライブ会場でほくほくしながら購入したものだ。ところが、わたしが観に行っていたアーティストに限って言えば、そういうTシャツ類はサイズ展開が貧弱で、たいていがワンサイズ、よくて2サイズあってもそれはメンズのMとL、という場合が多かった。わたしは友達の胸囲を目ざとくそねむくらいなので御察しいただけるかと思うが極度の貧乳であり、身長も高くはなく、キッズの150が余裕で着られる体型である。従って、喜んで購ったそのTシャツも、着るとなると悲しいほどのぶかぶか具合で、いくらオーバーサイズが熱い! ビッグシルエットが旬! とかいうご時世にあっても生来のセンスとおしゃれオーラのなさ、そしてそもそもツアーグッズとしてのTシャツという、ファッション業界における異端アイテムではどうにもこうにも旬な感じに装えるはずがなく、ずっと死蔵、よくても寝間着くらいにしかしてこられなかった。
だが、折角のTシャツの活躍の場が寝室だけではあまりにも不憫である。意を決したわたしは数年前、夫に、わたしのTシャツ、着たければ着てもいい、と無期限貸与を申し出た。前にも言ったが夫は実はおしゃれさんなので(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887731454/episodes/1177354054887744483とかで言いました)、選ぶ服にもいろいろとこだわりがあり、着ていいと言ったところで実際着るかどうかはわからなかったのだけれども、予想に反する頻度でそれらのTシャツを身にまとうようになったのだった。
夫がわたしのナイスなTシャツを着ているのを見ていると、長い間箪笥の肥やしに成り下がっていたTシャツたち自身のことを思えば嬉しい反面、チキショー、あたいのTシャツ、自分ばっかり素敵に着こなしやがって!! と、妬ましい気持が消えない。貸してやる、ていうか実質譲ってやる、と持ちかけたのは当のわたしなのに、
「ご主人……、結構なTシャツをお召しですな……」
と夫の肩辺りの生地を撫でさすりながら、わたしの瞳には暗い緑色のほむらが燃え盛っている。これもまた、へんねしと呼ぶのだろうか。
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