よその家の献立よりも
なんでそんなことになったのか皆目わからないのだけれども、一度、スーパーの野菜陳列棚の前でシイタケの袋を手に取りながら晩御飯についての考えがまとまらなかったときにふと、
「アラン・ウィン・ジョーンズんちは今日何食べるんかな……」
と考えてしまって以来、献立に迷った際には必ず、アラン・ウィン・ジョーンズのことを思い起こすようになってしまった。アラン・ウィン・ジョーンズというのはウェールズ代表のラグビー選手であるが、プレイヤーとして特段好きなわけでも、そのとき手にしていたシイタケがジョーンズの好物だとかいうわけでも、ジョーンズ自身がシイタケに似ているというのでもなく(どちらかというとエノキダケの方が近いと思う)、いつの試合でもランド・オブ・マイ・ファーザーズ(ウェールズ国歌)をはなはだしく熱唱してるなー、くらいの印象しかなかったのに、今では「夕飯の内容で迷う」というタスクを実行すると同時に起動される意味不明のアプリケーションと化している。
どこでどうなってそうした回路が形成され、つながってしまったのか、重ねがさね謎である。またこうして二月が巡ってきたので欧州では一日から六カ国対抗戦が始まった。今年もWOWOWに加入して、先週も今週もウェールズの戦いぶりは見た。そしてAWJはダブリンでのアイルランド戦ではトライへの流れを生む好いオフロードパスを決めていてわたしも唸ったが、本当に、普段からAWJのことを気にしている、などということは全くなく、そもそもジョーンズ家の晩御飯を気にし出したのは去年の暮ごろからである。しかも、ウェールズ人であるジョーンズんちが何を食べるかわかったところで、日本の一般スーパーではおいそれと手に入らない食材がいろいろ要ったり、でかい竈がないと駄目だったり(わたし個人のヨーロッパの台所イメージはヘンゼルとグレーテルの魔女宅のもの)、きっと参考にならないに決まっている。だのに。それだのに。
もっと他につなぐとこがあるやろ、と思うが、脳内はその研究家に言わせてもまだまだ未知の領域である。自分が自分であるのは脳の働きであるらしいのに、その脳の働きは自分でどうにも出来ない。自分の経験や物の来歴など、明確な所以があって、あれを見るとこれを思い出してしまう、これをするとあれを考えてしまうというようなことはいくらでも納得がいくが、AWJ的な場合はいかにも理由がはっきりしなくて気持が悪い。翻訳家の岸本佐知子さんも、爆笑エッセイ集『気になる部分』のなかで「バグが出る」と題して、頭の中に本来出るべきではないものが出る、という話をを書いておられる。エッセーは、このまま頭の中がバグでいっぱいになったらどうしよう、どこで新しい基盤に変えてもらえるのか、と結ばれているが、わたしも同感だ。基盤を変えるしかないのだろうか。
余談めくが、前述の通り今月いっぴから6ネイションズ観戦のためWOWOWに入ったわたしであるが、申込の受付窓口の兄ちゃんが、只今我が社は御前のような再加入の顧客向けにキャンペーンをやっていて、ひと月分の視聴料で実質三か月間放送が見られるうえに、もし二台分の契約をすれば、二台目は二台目で割引があるので、本来なら〆て約7000円の料金が掛かるはずのところ、今なら半額、約3500円でよいという。それは結構、んなラグビーの裏で映画も録ろ、なんつって勧められるがままに二台分、クレジットカードでの支払い手続きなどを全部済ませた。したら翌週、そのカードから免許証から保険証から、一切合切大事なものの入った財布を失くし、真っ青になって警察、カード会社、銀行に電話を掛けまくり家族にも迷惑を掛けまくり、大騒ぎした明くる朝にパート先から「アンタの財布、厨房に忘れとったで」と連絡があったのである。
自分の株がストップ安の大暴落をみせたこと以外、個人情報が悪用されるとか、恐ろしい実害がなくてよかったのだけれども、クレジットカードと銀行のキャッシュカードの再発行手数料に合計3300円掛かる予定で、あのな、ほんとうにわたしの頭の中で喫緊につながれるべきは、絶対にAWJの晩飯云々の線ではなくて、こういうあんぽんたんをやらかさないようにするカシコ回路やと思うねんけど、正味なんとかなりませんでしょうかね、脳味噌さんよ。
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