突然、風呂のフタが諭してきたこと
わたしが小さい頃住んでいた家の風呂のフタは、材木の種類まではわからないけれどもともかく木の板でできていて、浴槽を、二枚で半分ずつ覆うようになっていた。そのとき一緒に暮らしていたとら猫のタマは、ときどきこの風呂板の上で暖を取っていた。また、嫁入りする直前に住んでいた「最後の家」の風呂には、フタがあったという記憶がない。ひょっとして、なかったんじゃないか。
今日、お湯につかりながら風呂のフタをしげしげ眺めていて思ったことがある。
厳密には、わたしが見ていたのは風呂のフタの全景ではなく、フタの隅っこに貼ってあった注意書きのシールだ。それには、四つん這いで乗っかっている風呂のフタがたわんで、結果いまにも湯船にはまりそうになって泣いている幼児のイラストが描かれている。つまり、このプラスチック製巻き取り式の風呂ブタには決して乗るな、ということである。ことばではそうは書かれていない。「やけどにちゅうい」とされているだけである。乗らはったら危のおすえ、という警告はそのイラストのみが負い、発しているものである。よく分かる絵だと思う。
誰が書いたのか。
製造元が、こういうイラストを描いてください、とその専門職に依頼したのであろうか。はたまた、自社の従業員のなかで、絵の上手なひとを探して描かせたのだろうか。どちらであったにせよ、どちらでもなく全くの別口によるものであったにせよ、描いた以上描き手は言いたくなるのではないだろうか。
「あれな、あの風呂ブタの注意書きの絵。おれが描いてん」
上手いこと描けたあるやろ、と、言いたくなるのではないか。実際上手いわけだし。我が風呂のフタ事情の来し方を振り返ってみるに、親とか閣下とかから口頭で「フタに乗ったらあかんえ」と注意されてきたと思うのだが、乗ったらこんなことになるかもよ! という具体的な図を見せつけられるのはこれが初めてのような気がする。そうよなあ、こうなりかねんわなあ、こわ、と思わされた。
描き手は、描いた以上、みんなに見せたくならないのか。こんなに上手なのだから。いや、よしんば少々まずくても、おれが描いた、見て! とはならないのだろうか。もしもわたしだったら、何枚か自腹でこのフタを購入し、親類縁者などに配りかねない。そして御覧に入れた暁には、何か一言欲しいものである。いや、おべっかはいらんのだけれども、もしちょっとでもいいと思ってくれたら「ええんちゃう」の一言でいい、言ってもらえたら嬉しいだろう。嬉しいはずだ。
ご存知のように、自分はおたくさまがたにメールで配信するのみならず、カクヨムという、角川書店が開設している文章投稿サイトで性懲りもなく一連の駄文を公開しているのだけれども、そこで見ず知らずの方からときどき感想を頂戴するのである。大変嬉しいことである。より広く読まれるようにと、レビューをつけてくださる方もいる。もんっそい有難いことである。
しかしながら、自分がそこで読んだ他の書き手の方々の文章に感想とかレビューとかを書いているかと訊かれたら、あああね、ほとんど書いてないわけよ。
自分の読んだものの話をするのが非常に苦手である。読書感想文の書き方がわからん、と去年も子供の夏休みの宿題に付き合わされたけども、そんなもん、おかあさんかて分らんわえ、と始終喧嘩腰で、万斎親子も目を背ける苦悶式。昔から書けなかった。ひとさまに自分が読んだ本の話をするなんて、自分が昨日食ったものの味をことばで説明するようなもので、わたしのごとき凡骨にはそれを表現しきる技量がない。おもろい、まあまあおもろい、あんまおもろない、意味不明、とりあえず食べてみよし、読んでみよしとしか言いようがないのであって、トヨザキ社長のような、自分の読んだ本を硬軟緩急達意の文章を以て他人に薦めるプロフェッショナルはさすがに超絶異能の人だなあ、と常々尊敬している。
だいたい、例えば世界的名著だ新古典だと称揚されているライ麦畑のアレだって、わたしの手にかかれば「文句垂れのやらんちゃんが頭からしまいまでぐずぐず言う話」(読了当日の手帖より)だし、ニッポンが誇るMANGAの傑作『AKIRA』についても、夢中になって読んだのに結局イミはわからなくて、「しかし地球の消滅とか何とかでかい話をしているわりに最後はヤンキーのおとしまえつけろや的な流れに乗ってストーリーが展開していくところがオモシロかった くすくす」(同)とか書いてるねん。わたし。いやほんとに、その程度の所感しか持ち得ないのです。世界の名作と言われる作品すら満足に味わえない半端者だと悲しくなる。
そんなだから、ほんとに、他の人の作品にうすぼんやりと思うことはあっても、全然まとまらずに、
「・・・おもろかったです」
としか言えそうにないのだ。
でも、今日風呂のフタを見ていて、それでも言わないよりは言った方がいいんじゃないかと思った。逆に、注目されるかもしれんよなあ。「おもろかったです」しか言わない珍レビュワーとして。
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