それ用に、ちゃんと設計されている
去年買ったパジャマは、三百六十度全方向寝返りを打ちやすいようにということを主眼に設計されたと、謳い文句が付いていた。曰く、寝返りを打っても身頃がよじれない。肩周りを絞めつけないよう脇も大きく取ってある云々。
貴様、わしの寝相の悪さを知らんな。
寝帰りに次ぐ寝返り、休んでいるのかそれとも運動しているのか、子どもを蹴ちらし猫を押しつぶしおまけに果てしない歯ぎしりを繰り広げ、無法の限りを尽くしている(らしい)わたしはもはや寝室のローリング族。あとで吠え面かくなよ!
わたしは新品のパジャマに向かってすごみ、さらに寝る間際までファンカデリックの「Super Stupid」を大音量で聴くなどして士気を高め、今日こそ自分の生涯で一番激しく寝返ってやると意気込んで就寝した。
翌朝、わたしは大変爽快な気分で目覚めた。着衣の乱れは一切なかった。
最初にパジャマを着なくなったのがいつのことなのか、今では思い出せない。中学生の頃には、もう着ていなかった気がする。もっと言うと、小学校の高学年になったあたりからあやしい。自分のパジャマの柄がどんなだったかとか、そうした記憶が一切ないのである。そう何着も何着も持っているものではない、ただ寝るときのためだけに特化した衣類のことを覚えていないというのはつまり、それがうちになかったからではないだろうか。
中学生になると、夜はジャージと適当なTシャツとかで寝ていた。寒くなると上がスウェットに変ったくらいで、高校生になっても大学生になっても、基本的にそういう感じだった。パジャマが欲しいなどとは一度も思わなかった。ていうか世の中にパジャマなんてものがあったということをすっかり忘れ去っていた、といっても過言ではない。一緒に暮らしていた閣下が毎晩パジャマで寝るのを見、最晩年にはその着替えを手伝いさえしていたはずなのだが、それが自分に関係のあるものだという頭が、なかったのである。
再びパジャマを着用するようになったのは十年前だと、こちらははっきり覚えている。妊娠・出産がきっかけだった。着やすい、脱ぎやすい、授乳しやすいパジャマを用意するようにと出産前の母親学級のときから再三言われていたのにいつまでもぐずぐずしているわたしに、見かねた夫が会社帰りにマタニティーパジャマを数点買ってきてくれ、わたし自身は労せずしてそれらを手に入れたのであるが、久々に着る寝間着のここちよさに、わたしはすっかりびっくりしてしまったのだ。
体のどこをも拘束しない作り。やわらかく肌触りのよい生地。運動することを前提に作られたジャージとは全く違うという至って当り前のパジャマの構造が、わたしには新事実を発見したかのような感動をもたらしたのだった。そらぁみんなパジャマ着て寝るわ。少々クソださいデザインであっても、パジャマって素晴らしい。
実を言うと夫が買ってきてくれた妊産婦用のパジャマはいまだに一着だけうちにあって、わたしは該当者でもないのにそれを現役使用している。十年選手である。その用途における設計からさすがにお腹周りの寸が寸で、ウェストのゴムを実際のウェスト位置に当てると裾の方が余ってしまうため、着用の際はアンダーバストつまり乳下いっぱいにゴムを持ってくる格好になり、これがゴム製やったら漁師かレンコン農家の人が着るウェーダーやないか、と思う(そのわりにオープントゥーやけどな)。
もういい加減よれてるし、買い替えたほうがいいなあ、と思ってはいるが、これまた例によって捨てどき見切りどきが一向にわからない。だれか親切で太っ腹な人がもう一着、わたしにリザーブ寝間着を進呈してくれたら考える。
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