持ち物の管理
こうね、その辺に置くのだ。何をと言って、何でもよ。
特に考えもなしに、ぽいと置く。のちのち、しかるべき所に収めようという肚はある。でもとりあえず今はこの辺に。
ところがわたしのことだから、しかるべき所とやらに収める瞬間は訪れないまま、時は容赦なく過ぎてゆく。自分のもの覚えのよさをたとえて言うなら麻袋に焼酎を入れるようなもので、そうしてヘンな所に置いたヘンなもののことはまあ順当にいけばそのまま忘れ去る。いわゆる「遺失物」が生まれる経緯はだいたいこれである。
だが、たまさかに、忘れずいられることもある。その場合、折角覚えていたものを今さら下手に動かすとこんどこそ行方不明になる可能性が高まるだけなので、結局それを初めに置いたヘンな場所が、そのものの定位置になってしまう。
そんなわけで、わたくし方ではヘンなものがヘンな所に多数ある。子どもの保険証は冬のブランケットと一緒に使っていない猫のキャリーバッグに突っ込んであるし、本棚下段についている引き出しには買い置きの電球と、画鋲と、お茶の袱紗が入っている。なんで? とかではないのだ。そうなったんだから仕方がない。
ものの置き場を決めることが整頓への第一歩だという。ものの置き場を決め、使った後は必ずそこへ戻す。さすれば部屋は散らからず、探し物はなくなるのだと。しかしながら申し上げた通り、ものの定位置を決める時点ですでに大きくつまづいているため、わたしの居住区は見た目常にカオスである。わたし以外のひとにも何がどこにある、とすぐ分かるような機能的なものの収納・管理の方法がとられているのが理想なのだが、理想は永遠に理想のままである。
以上のように、ウチ整頓出来てます、などとは口が裂けても言えないわたしなのであるが、小さい頃からのいろいろな宝物がちゃんと残っているのは我ながら不思議なことだ。母が保管してくれていた、とかではない。わたし自身が、何とかしていたの。えらいと思う。こればっかりはえらいと思う。
宝物はすべて宝物だから、中でどれが一番大事とかいうことはどうにもこうにも決められない。大事にしすぎて使わなかったものも多数ある。だからこそ散逸をまぬかれた、という見方もできる。軽い正倉院である。
「ここ一番てどこやねん」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887731454/episodes/1177354054888078201)という文も書いたが、わたしにはたいがいここ一番が判断できない。マイ正倉院のホーモツの中で、ここ一番で使おうと思ってここ一番を逃し続け、結局使わずに来たのものの代表が、伏見のママ(母方の祖母)からもらったリボンだ。未使用のまま、かれこれ三十年になる。もらった日のことも覚えている。あんたこれ、上等え、とママは言った。白一色で幅広で、上品な波の縁取りがしてある、花模様の刺繍のリボンだ。ママも女学校時代、やはり白いレースのリボンを持っていたというから、きっと自分の趣味だったのだろう。
ママは伸ばした髪の毛を今で言うツインテールにして、そのリボンを結んで、五条の家から七条の学校まで歩いて通っていたのだけれども(してみるとママのリボンは二本あったものだと思われる)、ある日よその学校の生徒だか先生だかに、そんな派手な格好をして、と往来で怒られたことがある、と言っていた。ママは昭和四年生まれだったから、女学校に通っていたのは大東亜戦争のさなかのことで、学校では竹槍訓練をしたり、焼夷弾の火を消す想定のバケツリレーをしたりしたらしい。
「しいもって、こんなもんでバクダンの火ぃが消えるはずあらへん、思てた」
そんな時代の話である。
今わたしの手元にあるリボンは未使用品だというわりに、ところどころに黄褐色のシミが浮いている。多分何度も手に取って、ためつすがめつしたからだろう。
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