生きてゆくわたし
がさつでずさんでちゃらんぽらんなため、リップクリームなどというものは使えば安直に放擲放置し、結果出先でないないないないと困ることになって、その辺のドラッグストアーその他で新しいのを買う。袋ご入用ですか、いえ結構です、ではシール貼らせて下さいねー、いえもう今使うのでシールすらもったいないっす、とかいうやりとりがあって支払いをしてその場でパッケージをむしり取り、申し訳ないけどこれ捨ててください、と店員さんにその厚紙とプラスチックが混然一体となった数十秒前まで「パッケージ」だったものを渡し、おっけーおっけーなんつって表に出る。
そういういきさつで、わたくし方には大量の使いさしリップクリームが所蔵されていたのだが、一日、おっけーなんてもんではない、もういい加減ちゃんとしたほうがいいと思い立ったわたしは、ポーチニ一本此レヲ死守セヨ、と自分に厳命し、以来細心の注意を払って命令を遂行、備蓄のリップクリームも徐々にその数を減らし、ついにはめでたし最後の一本、というところまでやってきたのだった。足かけ十年の仕事だった。しかし一時は、この調子でいけば死ぬまで新しいリップクリームを買わなくてもいいのではないか、と思っていたものが、やはりこうして消耗され無くなっていくのだから、どうにもこうにも人生は長い。
また、大きな声でするのははばかられるblowな話になるが、つきのもののときに必要になる医薬部外品、いわゆる生理用ナプキンだって、出先で急にわああああああ、今日からかよーーー、みたいになることが自分の場合非常によくあり、そういうときもドラッグストアに立ち寄って一番ぱんっぱんに詰まった徳用・広告の品を買ってしまうわけね。その場しのぎであっても割安なヤツの勝ち。
で、リップクリーム同様、そちらも相当量の貯蓄があったのである。納戸を開ければオイルショックかというくらい、ユニチャーム製品がうず高く積み上げられており、扉の前に仁王立ちになりながら、これを使い切る前に多分閉経するだろうとなかば他人事のように眺めていたのだが、いやいやどっこい、買い置きを消化するようちょっと気を付けてやり繰りしていたら、新しいのを普通に買いにゆかねばならないなんて日がまたおとづれて、やはり人生は長いのだった。
しかし、そのように感じられる人生の長さというのとは別な次元の話で、毎日の実際的な生活の時間に余裕があるかと言われたらそれは年々無くなってきているような気がしている。なんかもう、暇にあかしてこちゃこちゃといかにも面倒臭い朝晩のおかずをこしらえていた時代は過ぎて、あかん、こんなトロくっさいことしてるくらいやったらもっとちゃっちゃとでけあがる簡単なもんでバーーっと作って浮いた時間で本読んで酒飲んでラグビー見て寝る、という方向に、舵を切って久しい。時間そのものよりも精神面での問題だろう。多分、「生き死に」で言うと「死に」の方に近付いてきたからだろうね。年齢的にね。だから焦っているのだ。
でも一昨日、閣下の郷里の四国から、おばちゃんが、箱詰めのとれとれのきびなごをクール宅急便で送ってきてくれたのにはさすがのわたしも発奮した。
おばちゃんにお礼の電話をしたら、
「あんたんくは山やち言うけん、魚はないろー、思うて送ったがよ」
と言ってくれた。哲(わたしの兄)の奥さんはよその人やけん、多分食べ方がわからんろ、けどあんたなら知っちょるか思うて。
閣下のふるさとは同朋愛の強い土地で、わたしのように実際そこに住んだことのない者であっても、ちょっとでも血が繋がっていれば「よその人」ではなく、
まさに「おらんく」なのである。
わたしはもはや山から出たが、そうかといって確かに海からは遠い。おばちゃんの愛に応えるべく、細かい魚を手開きにして生姜醤油で頂いた。奴隷も本気で脱走を企てる面倒臭さだったが、やっぱり刺身は美味しかった。美味しいものを食べると寿命が延びると閣下はよく言っていた。そうしてわたしの人生は長くなる。
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