関係の方にお願い


 

 それとこれとはハナシが別やろ阿呆ちゃうけとわたしなどは思うが、我が国では主に夏、「その手の話」をして涼を求めるという悪習が二十一世紀の今日にもまだあり、気温が上がってくると戦々恐々の日々なのである。


 怖い話が非常に苦手である。うっかり聞いてしまったが最後、あとあと思い出すだけでも恐ろしく、ひとりではトイレにも行けなくなる。だから怪談については、「しない・させない・近寄らせない」の三ない対策を徹底している。それでも仕掛けてくる輩には武力抗戦も辞さない。それに怪談話をしてるところには、必ず「本人」がやって来るんだよ。わたしは会いたくない。 

 といっても、わたし自身に何かが見えるとか、そういう能力があるわけではない。なくてよかったと、心の底から思う。でも、見たことないにもかかわらず、いや見たことないからこそ、わたしはお化けや妖怪、山の神の存在を信じている。見たという人があんなにいるのだ。それじゃあ多分、いるんだろう。


 わたしも兄も結婚する前だったから、そう、十五、六年前のことだ。

 兄がある雨降りの夜に、京都某所でタクシーを拾おうとしていた。「空車」のランプを光らせた車が何台も来るのに、どれも素通りしていってしまう。なんでやろ、もう歩いて帰ろかな。そう思っていたら、やっと一台の個人タクシーが止まってくれた。ずいぶん無視された、傘で見えにくかったかなあ? 兄がそう話し掛けると、運転手さんは言ったそうだ。

「わたしら雨の日はあの辺で拾うん嫌ですねん。出るさかいに。そやけどお兄さん、見たらちゃんと足もあるし大丈夫や思て」


 ほらな、やっぱりおるんやで。自分にはわからないので、余計に「出た」「見た」「遭った」というひとの話を信じてしまうのだ。


 ただ、そんなわたしも二回だけ、不思議な体験をしたことがある。大したことではない。どちらも場所は自分の家だった。一度目は兄と夜中に一階の居間でテレビを見ている最中、小さいながらも明らかに誰かが階段を歩く音がしたのだった。「今聞こえたよな」「うん」

 閣下は隣の部屋でもう寝ていたし、第一日中であっても当時の我が家の急なハシゴ段を、閣下が一人で上り下りすることはもうなかった。

「ご先祖様なんちゃう?」

 季節はお盆だったのだ。兄も一緒だったし、ご先祖様だと思えば、全然怖くはなかった。


 二度目はその次の年で、たしかわたしは大学生になっていた。やっぱり夜中に同じ部屋で渋谷陽一の音楽番組を見ていたのだが、今度はひとりだった。さあ、いい加減もう寝ようとスイッチを切って、電気を消して、戸を開けて部屋を出ようとしたら、後ろでテレビが勝手に点いた。リモコン踏んだとか、そういうことではない。ピンクのスーツのガイジンが、さっきの歌の続きを歌っていた。

「今年もご先祖様かよー」 

 またしても、季節はお盆だったのだ。今回は自分だけだったし、さすがにびっくりしたのだが、やっぱりご先祖様だと思えば恐ろしくはなかった。多分、あのバンドがお気に召したのだろう。


 怪奇現象怖い怖いと言いながら、ご先祖様ならば簡単に自分を納得させられるのは、おばあちゃん子ならではの力技だと思う。それとこれとは別なのだ。しかもご先祖様の方でも、ちゃんとお盆に出てきてくれたからOKなのである。期間限定。季節を問わずに理由不詳で面識もないヒト・モノが出てくるっていうのが怖いねん。な。その辺よろしくお願いしますよ、怪異方面の皆様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る