簡単に打ち解ける。


 今年のシックスネイションズは面白かった。今年も、と言うべきか。いかんせん身銭を切って見る有料放送は格別である。でも現地まで行って泊まって自力でチケット取って見る、なんてなことと引き比べれば、たった五千円弱で足かけ二か月酒を片手に自宅で全試合わあきゃあ言いまくれるとはいかにも安上がりでイージーで結構なことだ。衛星万歳。


 大会の内容はさておき、スコットランドのレイドローがちょっと見ないうちに一気に老けこんでおじいちゃんみたいになってしまっていたのが一番ショックだった。西洋人の老いは早い。ああいうのを見ると、ブランビーズのジョー・パウエルもすぐにジジイになってしまうのかなあと遠い目になる。今はブロンドのくりくり巻き毛でさながら王子様人形みたいなのに(ぜひ検索してご覧あれ)。


 しかしつくづく思い知ったのは自分はどうやらスクラムハーフが相当好きなのだ、ということで、それもスクラムハーフのなかでもガツガツしたタイプのプレーヤー、これまで再三申し上げているファフ・デクラークもそうなんだけれども、今大会ではフランス代表のアントワーヌ・デュポンが、いいとこにいいパスを放る、という役割以上の、ボールを持ったら自分で前へ走って行っちゃう、そういうことをばんばんやる選手が大好物だということがわかってしまった。しかも猪首気味でぶちゃっとしてる男。わたしはどうもそういうのが非常に好きならしい。デュポンとスタメン争いをしてるバティスト・サランなんかはまったくもってラガーマンらしからぬ、一般人と見まごう細身でかわいい顔をしており、もうラグビーなんかさせずに横縞のシャツ着せて鳥打帽被せて首にチーフ巻いて小脇に剥き出しのフランスパン右手にオランジーナを一本持たせてとりあえずシルブプレって言ってみろ! と命令したくなるような、わたしの中のフランス人のイメージを具現化している男なのであるが、自分はサランの方には全然魅力を感じないのだった。


 一番胸を打たれたのはそのフランスとイタリアがぶつかった最終節、イタリアは大会二十一連敗を止められるか、不調のフランスは意地を見せられるかという双方死に物狂いの試合で、イタリアのフッカー、ギラルディーニが膝を痛めて途中退場する際、競技場にいる選手も観客も全員が敵味方なく立ち上がり、拍手をもってこの大ベテランを送り出した場面である。ギラルディーニ泣いてた。そら泣くわ。

 あと、そういうメディカル陣も大変やな、と違う意味で胸を打たれたシーンもあって、ちょっとどの試合だったか記憶が定かではないのだけれども、怪我人の処置のためにフィールドに入っていたドクターが、続行中だったプレーに巻き込まれ、相手側選手に過ってタックルされる、という事故があったのだった。まあ、ドクターはすぐ立ち上がっていて大したことないみたいだった。気の毒は気の毒なんだが、なんつーかコント臭くて「うーわ、えっぐ」などと笑ってしまったわたしはひとでなし。でも、あのドクターも普段はどこかの病院に勤めてたり、自分で開業したりしてんのかな。「センセ、まともに入られてましたやん!」とか、テレビで見てた患者さんとかに言われたりして。なんて考えているとしばらくニヤニヤが止まらなかった。


 ともかくも大会はウェールズの全勝優勝で幕を閉じ、わたしは課金チャンネルの契約を解除するためにコールセンターに電話をした。なかなか繋がらなくて、待っている間延々と案内テープを聞かされたのだが、やっとこさ担当者に繋ぐ旨が宣告され、さらに、この通話は今後のサービス向上のため録音する、ということわりが入れられた。

 電話口に出たお姉さんはこちらの名前や住所などひと通りのことを確認したあと、差支えなければ解約の理由を承りたい、と言う。差支えなんぞあるわけもない。シックスネイションズが終わったからです、また来年二月にお会いしましょう。単刀直入にそう申し上げると、お姉さんはアッ、と短く叫び、ラグビーがお好きなんですかっ! と食いついてきた。

「もしイギリスのプレミアシップの放送も始めてくれはったら、すぐまた入ります、ってエライ人に是非お伝えください」

「わかりました、お客様からのリクエストということで、必ず上げておきます!」

 答えてお姉さんは、自分がいま電話を受けているのは北海道の事務所であること、ご主人ともどもラグビーファンであることを唐突にこちらに明かし、わたし、W杯の札幌開催試合、二試合ともチケット抽選外れました! と言った。

 わたしはラグビーなんか所詮日本ではマイナースポーツだから、あんなチケット抽選あってないようなものだと勝手に決めつけていたのだが、どうやらそうでもないらしい。「イヤ、でもこれからも三次抽選とかキャンセル分とかが出るはずやから、諦めんと申し込んでみはったら?」

 普段話し相手がほぼ皆無のマイナースポーツ・ラグビーのファンは、このように同好の士を見つけるや途端にヒートアップしてしまうのである。我々はそのあと五分以上ラグビーに関する無駄話に花を咲かせ、お姉さんは最後に「はっ。長々とすみません」と謝った。

 いえいえ、わたしはいいんですよ、ただね、この通話、録音されてるんでしょ。大丈夫なの。上司の人とか聞かないの。怒られないの。今もわたし、ちょっと心配しています。来年またしゃべりたい。お姉さん、チケット取れるといいね。

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