マンガに影響されており


 先だって東京に嫁入りしたTちゃんが帰省してきたというので、泉州の生きる伝説・はー太郎共ども参集し、某モールのフードコートで昼御飯を食べた。

 いろんな店があったのだが、最終的に「辛くて熱い肉が食いたい」という獣のような意見で一致し、韓国料理の店(なぜか一番空いてた)で豚肉入りのスンドゥブチゲと石焼ビビンバをそれぞれ頼んだ。


 店を選ぶにあたって、我々は真っ先にお好み焼き屋を選択肢から除外したのだが、それはなにもお好み焼き自体が魅力に欠けるものだということではないのである。外食するのにわざわざ家で作れるものなんか選ばない、という主婦の掟に従ったまでだ。お好み焼きに罪はない。

 といっても、高校生になるまでお好み焼きは嫌いだった。好きではない、とかいう消極的態度ではなく、声を大にして嫌いだと言う、嫌いだった。なんかもう、あの、真ん中がどういう状態になったら焼けていると宣言されるのか一体全体よくわからない柔らかい練り粉の生地が、許容できなかったのである。同じ鉄板で作るならば断然断固焼きそばの支持者で、したがって我が家では日曜の昼間、まずわたしのために焼きそばが焼かれ、続いて他の家族のためにお好み焼きが焼かれた。


 そんなわたしがお好み焼きを食べるようになった。それは世界の名著『じゃりン子チエ』の影響だ。

 『じゃりン子チエ』の中でわたしが最も愛しているキャラクター、度を越した愛猫家の百合根氏は、元極道のお好み焼き屋、その名も「かたぎや」店主である。漫画には、「かたぎや」で、猫を含めた登場人物たちがさもおいしそうにお好み焼きを頬張るシーンが再三出てくる。わたしはそれを読んで、ちゃんとした四角い鉄板の張ってある店で、コテを片手にお好み焼きを食べることが大人のたしなみである、と諒解した。いつかわたしもお好み焼きを心から好きになり、かたぎやへ行って、豚玉イカ玉ミックスモダンを、喜々として注文せねばならない。


 わたしはそれより前に、同じような理由から、大嫌いだったピザを食べるようになっていた。前歴があった、ということである。

 うちの母親はときどき手製のピザを焼いてくれたのだが、わたしはフォークで生地をピケする役は喜んで引き受けるのに、出来上がったものを食べるのはがんとして拒否していた。チーズが嫌だったのよ。そのピザを食べるようになったのは、何を隠そうアメリカのアニメ『ニンジャ・タートルズ』のせいなのだからやっぱりマンガだ。カメたちは、スプリンター先生と一緒に地下のねぐらでピザを食べていた。それを見ていて大人のたしなみと思ったわけではなかったが、これを食えればスプリンター先生にも認められよう、くらいのことは考えた。とりあえずアンチョビがのっているピザは旨い、ということがわかって、わたしはピザ嫌いを克服した。小学校六年生のときの話だ。


 ほんとに、なんというか、脳内の一部がマンガに支配されているのだった。しかしながら、自分のことをつねづね実に阿呆だと思っているけれども、考えようによってはこの程度で済んでよかったとも言える。七つの玉見つけに行くとか海賊王になるとかはまだ言ったことないし(ただしこれから言うかもという可能性は否定できない)。

 ともかくも、わたしは修行と称して、徐々にお好み焼きに慣れていった。マヨネーズも嫌いだったため(ほんとに好き嫌いが多かったのだ!)、まずはソースのみの味付けで、ゴルフ場のグリーンのごとく青のりを厚盛りに盛り、鰹節をこれでもかとかけた。風月、千房、ぼてじゅう、その他の個人経営店に出入りし、家のお好み焼きとの違いも研究した。キャベツはみじんに刻んで粉の倍にするくらいが美味いらしい。いっぺんに大量の生地を練るよりも、一枚ずつの分量で、ボウルに作ったほうが上手くいくらしい。卵はあんまりはりこまないほうがいい。天かす入れるべし。山芋入れるべし。なければジャガイモでも里芋でもかまわない。


 今ではほぼ週一でお好み焼きを作って食べている。結婚する前のことだけど、ふらっと入った初めてのお好み焼き屋で、「なあネエちゃん、電話で注文聞いて焼いたんやけど、だーれも取りにけえへんし、あんたこれ食べるか?」と聞かれて、もうすでに自腹で一枚油かす入りの豚玉を食って腹一杯なのに、「うん、おーきに、食べる」と答え、店から奢られる形で焼きうどんとイカ玉一枚とを追加完食したことすらある。翌日この話を当時バイトしていた店でしたら、先輩達は「そんなに食べんでも」と引いていたが、店長だけは、「それが関西人のワビサビや」と褒めてくれた。嬉しかった。

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