毎年の問題

 朝起きて、トースターに二つ放り込み、タイマーを五分半にセットする。その間に化粧をし、顔面の完成と同時に食べはじめる算段が、やはり餅の膨れというのは見ていてどうにも面白くなってしまうために手の方が留守になる。

 BBクリーム塗って、粉はたいて、目の際に線引いて、瞼に色入れて、一旦ライターで炙った根性焼きビューラーで睫毛を挟みながらトースターの窓を覗くと、あ、だいぶ膨れてきたな、ああ、あ、あ、膨れる膨れる、目が離せない、化粧進捗しない、右が優勢、左も追う、右なおも優勢、優勢の末側面から破裂、片っぽの睫毛しか上がってませんけど、左も膨れてきた、一気に膨れてきた、すげー、膨れすぎや、ふざけるな、そない膨れんでもいい、天井に着く、ちーん。


 などと、まあ先方も決してふざけているわけではないのだろうが、餅に対してはどうしても常に上からなわたしなのである。本来、餅というのはありがたいめでたい食べ物ではなかったのか。でも、わたしがこうした態度になるまでにはちゃんとそれなりの理由があったのだ。


 毎年、我が家でこの時期問題になるのは、正月ボケによる寝坊や遅刻ではなく餅の処遇である。餅。二段に積んで供えるアレ。

 消費すべき餅が、多過ぎるのである。

 夫の実家が田舎なので、まず床の間の鏡餅がでかいし、そのほかにも供える箇所が多い。神棚、仏壇、荒神さん(台所)、御不浄、そんで井戸。井戸! うちはしないけれども、それ以外にも納屋に供えたりする家もあるし、隣村の奥さんからは「真っ先にトラクターに行けと言われる」と聞いたこともある。要するに農機具な。鋤と鍬の神さんである。

 その上に人間が食べる用、雑煮に入れるための小餅も別枠で準備されている。もちろんキロ単位だ。義妹義弟も寄って分けるが、一番子どもが多いのは我々、しかも長男夫婦ということで、もっとも分配が大きい。何はともあれ小餅を、目安としては七草がゆまでに食べる。小餅を食べ尽くすまででたいがいは飽きる。夫などはすべてを無視して勝手にボンカレーやUFOを食べ始める。そこへさしてお鏡から井戸の神さんの分までを「開いた」のが追加で送り込まれる。すごい量である。あべ川、大根おろし、ぜんざい、鍋、果ては細かく刻んでホットケーキに入れるなど、手を変え品を変え頑張って食べてみるが、なおも終わりは見えない。節分までに片付いた年はみんなで万歳である。だいたい、ぼさっとしているうちにカビがくるので、そうした微生物の類に目をつけられる前にジップロックにぶち込んで冷凍庫送りとなる。そうなってしまえば差し当たってのところあの白い物体は視界からは消え、冷凍した以上特段急ぐ必要もなくなり、四月五月、どうかすると夏を越し、最悪の場合は次回の鏡開きまでそのまま、ということにもなりかねない。実際、夫とわたしが結婚して、このように子どもまでもがガンガン餅を食えるように成長するまでは、年じゅう凍った餅がある、しかも大量に、というのが常態化していたのだ。最終的にはやむを得ず廃棄。それも、次の年の分を入れるためだ。食品ロス、てヤツよ。


 だからわたしにしてみれば、もはや餅に関しては、「そうならんように食ってやってる」くらいの気持ちしかないのである。ほんとうは、食べさせて頂いて、生かしてもらっているのだが、ついつい逆に「ありがたく思え」という気分になる。

 唯一の救いは、夫の家ではその餅をアウトソーシングしている、つまり、ワガは搗いていないということで、やる家ならば、田んぼで糯米から作ってしまうのが普通なのだから参る。アナタね、考えて御覧なさい。代かき田植えからやりはじめて草刈りして追い肥撒いて、大雨降ったら水見に行って、台風来たら予報と首っ引きで、稲刈りして乾燥して脱穀して、年末の気忙しいときに前の晩から水に浸けてそれを蒸して蔵から臼と杵と木箱出して来て親戚めっさ来て庭さきでぺったんぺったんやったのを餅とり粉で真っ白になりながら丸め倒してそれはそれで楽しいかも知らんけどそこまでの手数と労力を注ぎ込んだ餅が最終的には冷凍庫のお荷物になるとしたら。いや、来歴がどうとかいうのもおかしい話なんだけれども、でも、ただおカネで購った餅を捨てなければならないのだって相当堪えるのに、さらにそこまでした餅をごめん捨てます、となったときのストレスはいかばかりかと思うわけ。それが証拠に、近隣の集落の奥さん連に、「お餅な、」とひとこと、単語を振っただけで、みんながみんな自宅の餅事情を一斉にしゃべり出すのは壮観である。


 うちは姑の英断により数年前の時点で鏡餅のサイズをかなり縮小したけれども(専門用語でキョーシュクと言う)、さすがに廃止までは考えていないし、このさき自分に決定権が委ねられるときになっても、わたしだって撤廃することはできまい。祟られたら怖い。では残留餅の解決策は食べ手を増やす、つまりさらなる繁殖か? それはそれで餅以外の問題が確実に出来すると思うが、何となく、ハズレではないような気もする。正月の餅の陰に、子孫繁栄というご先祖様の狙いを見た。かもしれない。

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