あっさいあっさいヤツ

 ローライズのダメージデニムの上にピンクの紐パンを着けて、ブリトニー・スピアーズが「わたしはあなたの奴隷」と歌って踊ったのは2001年、その三年後に結婚した彼女とケヴィン・フェダーラインの破鏡は万人が予見出来ても、いったいそのうちの何人がハイライズデニムの復権を予測しえたであろうか。

 わたしは、あの時点で、ハイライズデニムは死んだ、と思っていた。完全に、葬られた、と思っていた。歴史の波間に。服飾史の、墓場に。


 誰が言ったか、80年代っていうのは煮ても焼いても食えない時代だと、流行は廻るとはいえ80’sだけはもう無い、という説に、わたしも心底同意するものだった。自分は1980年代、まあごくごく幼少だったわけだけれども、振り返ってみても、あの眉毛と肩パットは無いよなぁ……とか、くくくくまちゃんのトレーナーにキュロットスカートって!!!(←これは昔のビッキーズのネタです)なんて、実際なんであんなファッションが流行ったんだろうか、みんな正気だったのか? とはなはだ疑問だった。

 それがあなた、御覧なさい。婦女子の眉毛は再び太くなり、さすがに肩パットはアレだけども、キュロットスカートは名称と丈とを変じてよみがえり、店には股上の深いデニムが並んでいる。昨今。まじでか、まじでか、という疑い混じりの驚きを禁じ得ない。


 自分が中学生の頃のニッポンのジュポン(わたしが好きなフランス代表のスクラムハーフはデュポン)(ホンマどうでもいい)、その股上は一様に深かった。

 わたしは当時アメリカに極度にかぶれていて、「you want this」のPVでジャネット・ジャクソンが穿いてるようなヘソの出るジュポンが欲しい、と方々探し回ったのだが、あいにくそういうボトムスは、当時あまり売られていなかった。新京極にあったデニムの専門店に行ってやっとこさ見つけたのはBIGJOHNの6900円のベルボトムで、それはヘソ下2cmのところにウェストラインが来る仕様になっていた。そのあとじゃんじゃん登場することになるローライズのパンツに比べれば、まだまだいかにも深いと言わざるを得ない形のものだったけれども、わたしは喜んでそれを購い、股下丈を76cmに直してもらって、底の厚いサンダルをつっかけてなお裾を引きずりあっという間にボロボロにした。


 わたしの新しいベルボトムを見た母は、なんやあんたそんなんが欲しかったん? と自分の若い頃、1970年代に履いていたデニムのブーツカットとコール天の黒いベルボトムを一本ずつ、箪笥の奥底から出してきてくれた。なんやてなんやの、ウチにあったんやん!

 母がくれたのはどちらもHALFという、すでに廃業したらしいメーカーのパンツだった。朝穿くと夕方にはもれなく腰骨が痛くなる、がっちりケツに引っ掛ける=まさにヒップハングの作りになっていて、しかも母はわたしよりワンサイズ小さい体格の人だったから、わたしはかなり無理をしてそれに脚を突っ込んでいたのである。感覚としてはほぼ腸詰。ピチパンオブザイヤー間違いなし。でも、そうでもしないとヘソの出るボトムスは、他に手に入らなかったのだ。二本のパンツのうち、黒コール天の方はつい最近まで手元にあったが、ブーツカットの方は、ある日閣下が漂白剤を垂らして台無しにした。わたしはそのことをずいぶん難詰したけれども、今思い返せば言いすぎてごめんと例によって謝りたい気持ちでいっぱいになる。


 だがやがて、そんなローライズ入手氷河期も終わりを告げる。時代はハイライズパンツを排斥し、股上激浅、白昼着用婦女子の臀の割れ目が見える、などという信じられないモデルのデニムが平気で巷にあふれるようになった。そうしたものが出回り始めると下着の方もボサっとしていることは許されず、ローライズのソト面に合わせて、たとえ内側がどんなにザ・ブラック・クロウズの『アモリカ』な状態になろうとも、それを選んだ者たちは穿き込みの浅い下着を探し求めねばならなかった。でもはじめはやはり、下着もなかなかいいのが見つからなくて苦労した。


 冒頭に述べたように、わたしはそのまま永久に、デニムといえばローライズ時代が続くものだと思い込んでいたのだ。ことこれに関しては、盛者必衰などということももはやありえない。そんなふうに考えていた。ローライズデニムにおける下着問題は確かに煩わしいし、かがんだとき背中と腰回りが極端にスカスカしてなんか不安、という欠点はあるにせよ、ハイライズのパンツのように胃袋を絞めつけることがないので食いしん坊にはもってこいだし、一にも二にもブリトニーの可愛さ加減は異常だった。

 それがここへ来てまさかの先祖がえりである。こんな日が来るとは思いもよらなかったが、千年生き続けた箴言はそう簡単に覆らない。やはり盛者は必衰だったのである。わたしは再びローライズ難民に戻ってしまった。あと、前にも書いたけど(https://kakuyomu.jp/works/1177354054887731454/episodes/1177354054887732881)、ポリウレタンの入ってるジーンズも気に入らない。そういうわけで、わたしは今も、昔のパンツを大事に着ている。毎日、頼むから破れんといてな、と念じながら。

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