カーナビをつくった人はえらいけど

 表題の十七文字につづく下の句は、「まだいまひとつ信じきれない」である。わたしの気持だ。


 わたしは地図を見るのが好きである。紙の地図が。女は地図が読めないなどと言う向きもあるけれども、旺文社のマップル関西版が一冊あれば、近畿一円どこでも行ってやるぜ! と普段から息巻いている。そういう、自らを恃むあまり肩に力が入りすぎている人間には、「カーナビ、この唾棄すべきもの」という偏執狂的な考え方がざらに見られ、いうまでもなくわたしもそうした所感を抱いている一人であった。

 であった、と過去形で言うくらいだから今はそこまで唾棄すべきとは思っていないことが察していただけようか。先々週、わたしには目的地にいかに早く着くかを無意味に目的にしてしまう癖がある、という旨書いて配信したが、ある日出来心で、もう通い慣れた父の入院先の病院まで、ひょっとしてもっと別な自分の知らない道があるかもとカーナビを使って調べてみた。すると、知らない道とは言わねども、カーナビは「今一番空いてそうな道」をいくつもあるルートの中から選んで提示してくる、ということを知ったのである。そんなことも知らへんかったんけ、スカタンが、とお思いかもしれないが、妄執に取り付かれた人間の視野なんて、その程度のものなのだ。


 とにもかくにも、「早い道を教えてくれる」となったらば、これはもう味方につけるにしくはない。ずいぶん前に円城塔が、産経新聞でやっていた連載で「人工知能とは仲良くすべし」という文章を書いていた。巷で囁かれる、これから人類はAIに仕事を奪われ、最終的には支配されるのではという不安に対し、電気炊飯器を引き合いに出して、あれも立派な人工知能だ、と言い、発売開始当初には「楽をして何が自慢か」みたいな「今になっては何を言っているのかわからない」批判があったと紹介している。

 曰く、楽になることを否定しても何ら良いことはないのであって、楽できるところで楽をするのが文明である、そのためには、機械に敵対心を持つのではなく、人と機械とでうまいことやっていこうよという姿勢でいればいい、とのことであった。大変納得のいく論である。カーナビも、つまり同じことだ。(ちなみに円城氏はこの炊飯器批判のエピソードに、他の回でも一度触れていて、よほど「好き」な話なのだろうなあと推察する。それにしてもあの連載は実におもしろかった。終了して数年経つが、未だに本になっていないのは不思議かつ残念である。)


 以来、行き先がよくよく知ってる場所でも、あとは家に帰るだけの時でも、いっぺんはカーナビに尋ねてみることにしている。唾棄から積極的活用への劇的な翻意である。しかしながら、それでもやっぱりそう簡単に、心を許しきれないところがカーナビにはあるのだった。


 たまに、完全なところ番地を入力し、行き先をしかと伝えているにもかかわらず、まだ明らかに到着していない幹線道路のど真ん中で「目的地に到着しました。ガイドを終了します」などと宣言されることがある。全く以て、いけしゃあしゃあと、である。見た感じどこにも着いてませんけどねえ! とつっこんだところで、カーナビ女史(うちのカーナビの案内は女声)はもはや黙りこくって返事もしない。いや、されてもただ怖いだけだが。

 それから、最大の眼目である、混んでないところを選んで教えてくれるという機能も、示された道順を見てみれば、いっやー、そうは言うても経験上こっちのルートをとった方が多分ちゃっちゃと行けるやろー、と思われる時が四回に一回くらいはあって、実際自分の勘の方に賭けて走ってみると、カーナビが最初に打ち出してきた予想所要時間を大幅に短縮出来たりするのである。数年前、国道○号のAバイパスで、あわや免停の制限速度24kmオーバーで覆面に捕まってからというもの、わたしはいかなる道路でも決して車を飛ばすことはなく、「早く着いた」というのならばそれは出したスピードの問題ではなしに、ひとえにルート選択の勝利なのである。そういうときは非常に自分を誇らしく感じると同時に、「やっぱコイツ、適当なことをぬかしてるんではないか」という黒い疑惑が、カーナビに対してむくむくとわき上がる。モノとして、精度が低いとかいうのでは恐らくない。ちゃんと正規のディーラーさんで、メーカー純製のをつけてもらっているからだ。


 ナビゲーションと言いつつ、わたしに道を誤らせようとしてないか? 「倫」ではなくて「道」なところがまだしもの救いと考えられるが、そもそもカーナビに誤らされるようなわたしの倫があったとして、それは何のどういう部分だというのか。

 ともかく、ウチのカーナビはやや方向音痴気味のわたしの夫に比べれば確かに地理・道路に詳しいが、目下のところ運転中の我が相棒として全面的に信用できる力量の持ち主である、とは言い切れない。それにしてもなんで自分がこんなに上からな態度でやいのやいの言うのかといったら、それはカーナビ相手くらいにしか威張れないからだと思う。哀しい。

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