その名もフランソワ


 まずスーパーラグビーが終わって、そのあと南半球四カ国(南アフリカ・ニュージーランド・オーストラリア・アルゼンチン)で争われるザ・ラグビーチャンピオンシップも終わって、わたしは今軽めの虚脱状態にある。国内ではトップリーグもやっているし、東西で大学ラグビーも始まったけど、どこの会社のチームにも思い入れのないわたしにはトップリーグは特段魅力的というわけではなく、また大学生のラグビーも、前回W杯の上位四カ国が繰り広げる激闘を足かけ三か月ほぼ毎週見ていた目には、どうしても物足りないのだった。しかし、ラグビーが好き、というわたしのような人間にさえあと一歩訴求しきれていないトップリーグは不憫というか何というか、でもやっぱりスポーツ観戦は贔屓があってナンボよなあ、と思う。


 ただ、贔屓のあるなしで言えばチャンピオンシップだって、出場国のどこを特別に応援していたわけでもない。ニュージーランドは強すぎるからおもんないね、と思ったくらいのことである。じゃあオマエ、親類があるわけでも世話になったことがあるわけでもないその四カ国、アルゼンチンなんかもはや地球の反対側だ、そんな国同士の戦いにはどうしてそんなに熱くなれるのだ、と訊かれたら、単純に「異人さんたちを見るのがオモロイ」とわたしは答える。

 むやみに嵩高く、べらぼうに彫りが深く、呆れるほど屈強な男たちをやたらめったらに眺める機会を与えてくれる海外ラグビーはわたしにとって大いなる楽しみなのだ。異郷の気風を垣間見られるのもおもしろい。南アのスタジアムの観客はよく踊る。アルゼンチンチームは味方のトライやナイスプレーのときにひときわ猛烈な感情表現をする。毎回ではないのだけども、国歌斉唱の際、選手たちが地元のちびっこラガーたちとひとりひとり手をつないで登場するという演出スタイルがよく取られるのだが、そのとき一番子供に話しかけてかまうのはワラビーズの面々で、オーストラリア人ってみんな子供好きなのか、と思う。


 そしてこのチャンピオンシップで、わたしはまたしてもスクラムハーフに心を奪われてしまったのだった(前のW杯でもスコットランドのレイドローにもっていかれた)。それで、いまも毎日たとえ十五分でも二十分でも、ひとりで試合の録画を繰り返し鑑賞しているような次第である。

 ただ、レイドローのことを、初めて見た瞬間からうわぁ、おっとこまえやのう、と思ったのとは全然違って、デクラークの第一印象は、

「なんやコイツ」

 だった。二年くらい前の話だ。


 フランソワ(ファフ)・デクラーク。南ア代表のスクラムハーフである。


 フランソワという王子様のような名前と、すこぶるゴージャスな美しい金色のロングヘアーを持ちながら、その素敵な額縁にあまりにもそぐわない顔面。そういえばスーパーグラスのギャズに似ている(ただし重曹を加えて充分膨らます必要がある)、と思い当たったのはずっと経ってからで、最初に思いついたのは出川哲郎だった。言い過ぎか。いや、でもそこそこ遠くはないと思うんだが。身長も170cmしかないし、とにかく手足がムチムチして短いように見える。六月十六日のテストマッチでイングランドのオーエン・ファレルと掴み合いになったときも、ちびすけが男前の兄ちゃんに刃向かっているようにしか見えなかった。同じくらいの背丈でも、オールブラックスのアーロン・スミスはなんとなく猫みたいにしゅっとしてるのに、ファフはもっちゃりしていて崖の上のポニョにだって似ていなくもない。ファフを見る機会がおありの方は、試みにギャズの顔もチェックして、ギャズ・ポニョ・出川の三枚を使い「ファフの顔面誰がどんだけの比率で入ってるか」のベン図を書いてみてほしい。(余談だがアーロン・スミスは勝海舟に似てると思う。)

 とにかく、ファフはわたしのタイプではないのだ、なかったのだ、全然。デカさ・ゴツさがまず不足だった。顔面も、ハナシにならなかった。

 ところがである。スクラムハーフはその職掌柄よく目立つ。なんだかんだ言って、スタンドオフともども試合中通して一番テレビに映るポジションなのではなかろうか。映るから見る。

「ええ金髪やな」

「なのになんであんな残念な仕上がりなのか」

「天は二物を与えず」

「めっさもっちゃりしてる」

「そして意地が悪そう」

「相当悪そう」

 意地が悪そう、というのはハーフ団には褒め言葉である。相手のイヤなことをするのがおしなべて球技の趣旨なのだから道理だろう。その点でファフは一流である。当たり前だ、スプリングボクスのスタメンなのだから。

 マザー・テレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心なのです」と言った。「『嫌い』は『好き』の近くにある」と言った人もいる。嫌いだという感情が己が身の内にある以上、その対象も確かに我が心にいるのである。


 フランソワ・デクラークを、わたしは夜な夜な

「この残念な男」

 と思いつつ見つめたが、見るというのも極めて危険な行為で、気がつけばもはや日常生活においてもお茶など飲んでぼんやりしているとき、あるいは単純作業の真っ最中、頭の中はファフのことでいっぱいである。ファフはちっこいくせにものすごく強気で、すぐに密集からのサイドアタックに出る胆力のあるハーフなのだ。そして試合中に時々、すごくいい顔で笑う。


 昨日も稲刈りの手伝いをしながら、田んぼの真ん中でわたしが始終考えていたのは九月二十九日の対オーストラリア戦でのファフの姿である。これでは全く以て、そのへんの生身の男を好きになったのと同じ状態だ。ただしやっぱり外見がアレだもんで、あんまりひとには言いたくない、なんて自分が勝手に好きになっておきながら、それも世界屈指の優秀なプレーヤーに対して、果てしなく失礼なわたしなのだった。こういうのをツンデレというのか。(いわねえよ)

 

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