どうせならもっと平和利用とかしたい。

 自分にそんな力があるとは知らなかったのである。いや、うすうす気づいてはいたが、ここまでのものになっているとは思わなかった。ビールとウィスキーと湖池屋のポテトチップス(のり塩)の過剰摂取で、島鉄雄ばりに覚醒したのか。


 何と言って、大会前から「最有力優勝候補」「絶対王者」「初の三連覇か」などと評されてきていたニュージーランド代表・オールブラックスが、知将エディ・ジョーンズ率いるイングランドにいいように小突き回され、たったの1トライにおさえられて三位決定戦に出なければならなくなったことについてである。


 わたしが応援していたからだ。

 オールブラックスをな。


 もっと言うと、日本代表の息の根を止めたのも自分かもしれない。


 日本が南アと最後の試合をする直前、準々決勝第三試合でフランスとの大接戦を制し、赤い龍の国ウェールズが勝ち上がった瞬間、

「フランスよりウェールズの方が日本には相性いいような気がするね。おっけーおっけー」

 などと漏らしてしまった。第三試合の勝者が、続く第四試合の勝者、つまり日本か南アの勝った方と対戦することになっていたからである。全然おっけーではない。わたしのそのひとことによって呪いはあやまたず発動し、試合中はずっと黙っていたというのに、日本は敗れた。ノートライで。


 ともかく、過ぎたことは過ぎたこととして、ニュージーランドをあんなに応援したのは初めてだったのである。猛烈に嫌い、とかではないのだが、とにかく強すぎておもしろくないので、チャンピオンシップその他のときも必ず対戦チームの方の肩を持つようにしていた。ボーデン・バレットなんて全く以て出来杉君そのもので、何でも上手でつまんねえ男! と常に苦々しい目で見るばかりだった。(だからといって何かと鈍臭い弟のスコット・バレットならいいかと言うと、デカイだけでラフプレーばっかりするし、兄ちゃんよりもっと真剣に嫌だ。)

 でも、今回の相手だったイングランドには勝ってもらいたくなかった。イングランドは、明確に、嫌いなのである。チーム全体、ガラの悪さが際立っている。まずキャプテンのオーウェン・ファレルがいけない。このひとのレイト・タックルは目に余るものがある(ノーバインド・タックルの方も常習犯だ)。それでもイエローカードが出されない不思議! 宗主国だからか?


 レイト・タックルについて少々ご説明申し上げると、ラグビーでは、ボールを持っていないプレーヤーにはタックルをしてはいけないことになっている。したがって、パスやキックをするなどしてボールを手放したプレーヤーにタックルをするのも反則である。ボールを手放した「後に」なされるタックルは、「レイト・タックル」ということでペナルティを取られる。

 しかし攻防の大きな流れの中では、悪意がなくても、狙った相手のパスを出すタイミングによって、タックラーが「結果的に」レイト、「あと入り」の形になってしまうことがある。ことがある、というより、常にある。厳密には全部反則ということになるが、それをいちいち止めているとゲームが成り立たないので、あきらかに意図的で悪質なもの以外は不問に付される。このあたりはレフリーの裁量である。

 だが、それとは別に、レイトになると分かっていても反則を取られないギリギリの線で、敵にダメージを与える目的でなされるタックルも、中にはたくさんある。要するに意図的ではあるが、ホイッスルには至らない、というヤツね。強いチームは必ずやるし、自分たちもやられている。そういうボディブローのようなダメージの積み重ねを耐え、乗り越えて、最終的に勝つ。南アも、ファフ・デクラークは流にがんがん「あとタックル」していた。

 それでも、そのことを勘定に入れても、やっぱりファレルの「あとタックル」は頂けない。ほんとに、なんでシンビンにならないんだろう。それも上手さの内なのか?


 そしてこの準決勝で、イングランドはキックオフ前、オールブラックスのハカをV字になって取り囲んだ。

 ハカというのはニュージーランド代表が毎試合とり行うウォー・クライ、戦い前の儀式としての踊りである。ニュージランドの他にもサモア、フィジー、トンガがそれぞれの「戦士の踊り」を持っている。ウォー・クライの間、対戦チームはたいてい横一列に並んで肩を組んだりしてそれを「受ける」のだけれども、この日のイングランドは違った。違ったことで、ニュージーランドは「あれ?」と思っただろう。大きく動揺しなくても、ほんのちょっとくらい。

 こういう精神的な揺さぶりは、大舞台になればなるほど、ほんの少しでもよく効くのだと思う。イングランドはその後開始二分にもならないうちに一本目のトライを奪った。それを見ていて、戦争慣れしてる国は違うな、と思った。このハカのことについても、ファレルのレイト・タックルのことについても、さすが大英帝国だと、心底感服した。


 「ラグビーは紳士のスポーツ」などと言われたりもするが、わたしはその辺のことは半分寝言だと思っている。少なくともプレーに関しては「紳士」なんぞというものではない。建前としてはフェアプレーというのが絶対的にあるが、ルールの中でいかに相手の嫌がることをするかが球技の本質なのだから、むしろ狡知なチームほど強い、とも言える。狡知というのだからずるいだけではだめで、かしこくないといけない。頭のいいやつはどこでも強い。

 ただまあ、終わった後はノーサイド、仲良くしましょう。お互いの健闘をたたえましょう。文句は言いません。蒸し返しません。そういう決めごとが歴然とあり、(腹の中でどう思っていようと)みんなが(礼儀のうえでは)ちゃんとそれを守る。( )の中が非常に大事な点である。それが文明であり文化であるからだ。実際美談が生まれることも多い。そういうのは、嘘から出たまことのようなものだと思っている。わたしも、その手の美談が嫌いではない。


 とりあえず、どーやら自分には変な力が備わってる、てな話である。役立つことに使いたいのだが。


 明日は三位決定戦です。

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