バーニング・シット

 ご無沙汰しております。お元気ですか。わたしは元気というかなんというか、病気でない以上元気なのだろうけれども、七年ぶりの赤子育てに軽めの血反吐を吐いている。軽めというのは、本物の血反吐を仮にブルマン100%のエスプレッソに例えると、わたしのはさしづめグリコのカフェオーレぐらいだというほどの意味であるが、血反吐であることに変わりはない。はっきり言ってこんなこと(=駄文作成)をしている場合ではないが、もはや自分はバーニング・シット。やけくそ、というヤツである。そして、マドンナのファーストアルバムは、「バーニング・アップ」である。関係無い上くだらないにもほどがあるが、思いついた手前書かざるを得ない。なぜか? それくらい脳が辛子酢味噌和えのようにぐちゃぐちゃになっているのだとお察しいただければ幸いである。

 赤ん坊はかわいい。しかし、それとこれとは別に、そらもうしんどいのだった。高齢出産だったし。


 そう、わたしは高齢出産をナメていた。こんなことになるとはな。神はこの期に及んで一体わたしに何を教えようとしているのか。

 今度の子はとにかく起きる。寝たと思って置いたら起きる。わたしが添い寝の布団から抜け出すと即気づく。貴様はレオンか? 地獄のスナイパーのような子どもなのである。

 そして怒る。腹いっぱい、おむつもきれいなはずなのに何が気に入らないのか顔を真っ赤にして、唇をふるふるさせて怒り狂う。

 楽勝だ、と思ったのは生後二週間までだった。ひとは勝ちを意識した瞬間敗北の道をたどり始める。世の習いである。一か月検診の時に小児科で相談した。「先生、この子めっちゃ怒るんですよ」「はははー、そういう子もいるよねー」。診察は終了した。

 本人のこともアレなのだが、自分の体も今までとは全然違う。そらぁ上の子を産んだときは二十代だったのが、いまや四十路のオバハンになっているのだから仕方がないのだが、明らかに体力が落ちた。子どもを抱く時間が長くなってくると本当につらい。抱いている子を早く下ろしたい。重い。ずんずん重い。

 体力もなくなっていると同時に、こらえ根性も摩耗している。年寄りは気が長いなどというが、あれは嘘であるか、「ひとによる」。前に働いてたうどん屋でも注文の品が遅いとやいやい言うのは決まって年寄りだった。「……焦っとんやな」などと思っていたが、ははは。自分もだ。気長に、おうように構えるということが一切できなくなった。だから子どもを長時間抱くのが辛いし、早く下ろしたい。寝入りを見極めるカンも目も、そのせいで曇っているのかもしれない。ゆえに乳飲み子はレオン化する。悪循環である。


 だが今回の出産で最大の衝撃だったのは産後の診察で「骨盤底筋のゆるみ」を指摘されたことである。シモの話で恐縮だが、わたしはここにきて不惑を過ぎてからの保健にかかわる臍から下の問題こそが本当のシモネタであると認識するようになった。

 骨盤底筋というのは子宮や膀胱などを支えている筋肉なんだけれども、それがゆるむとなぜいけないか。それらの臓器が下がってきて、しまいには産道から出てきてしまうのだ。なにそれ?! 確かに、噂には聞いていたが自分とは無縁だと思っていた。何を根拠に、とつっこまれると困るが、とりあえず自分は栄養状態も良好、日ごろから風邪ひとつひかない健康優良BBAなので、無関係だと思っていたのだ。出てくる臓器によって、膀胱脱とか子宮脱とかいうふうにも呼ばれるそうだが、怖すぎる。ショックのあまり、去年の暮れに身を切る思いで購入した新車のリアウィンドーに、「死求堕Ⅱ」とか書いて関西一、いや日本一の痛車にしてやろうかと思ったぐらいだ。

 しかし、怖がってばかりいても埒が明かない。わたしはYouTubeで骨盤低筋群を鍛えるヨガなる動画を検索、勇躍毎日やり始めたはいいが、開始から一週間目、吾が底筋群に早くマッソーになってほしい一心でいつもよりちょっと長めにポーズを決めてみたところ、翌日から左膝がバキバキ言って痛み出し、もう明らかに十字靭帯損傷とか筋断裂とか、「膝をゆわしてる」状態に陥ったのである。整形外科! 整形外科!! ところが夫の勤務先の都合で健康保険が切替真っ最中だったため、医者に見せるとまず十割自費で診療費を支払って、後日新しい保険証が出来次第、再び窓口に赴いて保険のきく七割分を返してもらう、などというしちめんどくさいことをしなければならなくなる。第一お医者に行くならばまだ首も座らない乳飲み子を誰かに預かってもらう必要があるし、どうにもこうにも面倒くさくなってしまい、わたしは「この痛み、全治三週間」とみてガマンすることに決めた。

 さらに、便秘でいきむのも大敵であると聞いたので決してそうはなるまいと、ウチの借家の裏から大家さんちの畑にかけての土手に生えてるヤブカンゾウをしこたま採ってきて湯搔いて刻んで朝昼晩と三度食い、見事なまでに腹も下した。じつに「一つのことしかできない」ぶりをいかんなく発揮し、家族の生温かい慰めを得るに至ったのである。

 他にも代表的なマイナートラブルについて一例をあげると、授乳、おしめ替え、そうでなくてもただ単に相手が自分より圧倒的に低い位置で生息・活動する存在なため、何をするにもうつむいていることが多く、たったのひと月でほうれい線が一気に深くなった。グランドキャニオンか。コルカ渓谷か。わたしの顔面にそんな名所はいらんのである。重力おそるべし。見えぬけれどもあるんだよ、とニュートンは言ってた。(言うてへんわ。)


 そんな感じで暮らしています。いまだに起き抜けはしつこく膝が痛みますが、元気に、しています。

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