二十年分の感謝を込めて
(* 読みやすさを優先するためやむなく省略したが、本日お送りする以下の文章には句点ごとに、「ありがとう」と「ごめん」の語が交互に挟まれている。読者諸姉諸兄には、そのつもりで読んでいただければ幸いである。なお、中盤からは交互に挟むと意味不明になる箇所や、どちらの語でもそもそも挟むことが意味不明な箇所が多々出てくるが、その場合は適宜やり過ごしていただきたいし、何の断りがなくても毎週メールを受けてくれているだけで「ありがとう」「ごめん」と常々思っているわたしの気持ちをどうか分かって下さいましと、伏してお願い申し上げる次第である。)
こういうことをやりはじめて、ちょうど二十年になる。この、自分の身の回りのことやそれにまつわる雑感その他を書いて配信する一種の迷惑行為のことだ。二十周年ってやつよ。
そんなもん、ワレの外の誰に何の関係もないわえとお思いだろうが、まあ聞いてほしい。二十年っつったらおぎゃあと生まれた赤ん坊の首が座って寝返りをして立って歩いてしゃべり出して幼小中高と教育を受けてなんだかんだで成人して式のあと酒飲んで暴れてタクシーの窓ガラスを素手で叩き割ってトラ箱にぶち込まれるまでのたいがい長い時間だから、多少感慨をもよおしてもいたしかたなし、と寛容な精神を我慢の限界まで発揮して大目に見てもらいたい。
それに、恐れながら申し上げるが、責任の一端はアナタにもあるのである。わたしがこれを始めて二十年ということは、読まされ続けて二十年、迷惑かけられっぱなしで二十年ということなのですよ、第一回目からの読者のアナタ。名指しすると中岸と筒井や。きみらがおもろい、と言ったからこんなことになったのだ。真に受けたわたしが一番悪いが、8:2でじぶんらにも負う所がある。豚もおだてりゃ木に登るという言葉を考えてみても、表に出て木に登れたら文句なしに立派な豚だ。わたしは小屋の中に尻を据えたままとりあえずトウモロコシやおからを食って増長だけした豚である。いっぺんでもおもろい、と言ってくれたアナタやアナタも罪作りだ。褒め言葉は相手を見て言った方がいいと思うヨ!
ともかくも、それによってシッピツ活動は続き、わたしからのメール受信のお誘いというか頼み込みを断り切れなかった皆様を巻き添えにして今に至っている。一コ下の加藤女史は先輩尊重という儒教的軛から逃れられず、年長の友人である石村夫妻に至ってはその人柄の温かさ、情け深さが仇となり夫婦揃って餌食になった。思いつくままに二所のお名前を挙げたが、わたしのメールを受けてくれている皆さんはもれなく、柔和で人間が出来てるという結論で間違いない。どうかその慈悲心におかしな角度からつけこまれて、浄水器や羽根布団などを買わされないようにくれぐれもご注意頂きたい。
書きはじめの頃よりも賢くなったかといわれたら、一切賢くはなっていない。結婚したり出産したり、自らを取り巻く環境が激変したことによって、さすがにものの見方が変わった、と感じることはある。だが本質的にカシコかアホかでいうと残念ながらアホのままだ。古来言われるように、アホは自らの死によってしかリセットされない。
昔はよくキレていた。ランボーばりに怒っていた。但しそのランボーは鼻毛がロングで、それがちゃんと「鼻毛を出しながら怒る芸風」として成立してたらそれはそれだったかもしれないが、当時の自分はただの「鼻毛の始末がでけてへん人」、着地点がどうしても意見めいてしまっていた。しかも、アホの意見はアホゆえに整合性もあやしく独善的なため余計アホに見えるというアホのスパイラルがものすごいことになり、ようやく自分でもどうかと思うに至ったので、寝言は寝言のまま開陳する姿勢を心がけるようになった。アホがカシコぶって意見する姿はドアホだが、覚醒状態でもなお寝言を言うのはアホならば普通のことだと気付いたのだ。
自分はことによると天才かもしらん、という激烈勘違い時代(ごく初期)やら、もしも何か小説を書いて一発当てたらエッセイストにもなれるんじゃないかとか考えて新人賞に応募する「妄想暴走事件」(六、七年前)やらを挟みながら、今はもう、野望も希望も霧消して久しい。ただ、自分の書いたものを、たとえ一篇でも一行でも、どこかの誰かにふとしたはずみに、なんかあれはおもろかったな、と思い起こしてもらえれば、という益体もない願望だけは消えない。(いや、これは十分野望カウントかもしれない。)
これも何度か言ったことだけど、自然に黙っていられるならばそうしていたい。ほんとに、わたしは貝になりたい。高校生の頃見たクソ難解映画『アリゾナ・ドリーム』で、唯一覚えている台詞は、「魚がなんにも話さないのは、彼らが何でも知ってるからだ」というやつだった。貝であろうが魚であろうが、そう、いかなることにも何も言わない姿こそ知的で高雅なありかたに思われる。沈黙は金らしいし、深い河は静かに流れるとも言う。
だのにわたしは因果なことに、自分がおもろいと思ったことがあると書いてしまう(そしてそれがオモロイかというと、必ずしもそうとは言い切れないというのが痛い)。深い河の対極にある浅瀬。しかもそこでワーキャー言いながら泥鰌をすくうオバハン。それがわたしである。もはや書くというのは業。しかも素人の、下手の横好きというのが余計、業の深さを感じさせないか。
いずれにせよ、今のところわたしは書くのを我慢できそうになく、当面はカルマにまみれて皆さんに迷惑を掛けると思う。毎回、こころから、申し訳ないと思っている。もちろんこれ以上付き合い切れないと思われた向きは、受信拒否にして下さって構わないが、もしよかったらこれまで通り受信だけはして読まずにそっと削除してほしい。字義通りのdo me a favorである。
ただ、中岸と筒井の二人については、いまさら「オモロイと言ったのはただのお愛想だ」という二十年目の真実をぶちまけて我が豚小屋の梯子を外そうとしても無駄である。一般的な木造二階建て住宅の屋根ほどの高さからならわたしはいつでも自力で飛び降りて、地球の果てまで追いかける所存である。友達のよしみでアドバイスしておくが、外した梯子は捨てずに、それを使って応戦するくらいの気構えでいたほうがいい。それくらい、わたしはしつこい。知ってると思うが。しつこくなければ二十年もこんなことをやるわけがないだろう。
この記念すべき二十周年駄文を書くにあたって、鉄面皮で売り出した自作『山田のはなし』のことをネットで調べてみた。すると、5月24日現在、Amazon売れ筋ランキングKindleストア有料タイトルで368,555位とのことだったが、もっともっと下、12,950,287位くらいかと思っていたので意外に売れてる、と錯覚できて嬉しかった。それから、「自ら読むのはめんどいので誰か代わりに読んで感想を聞かせてくれと思う本」、というような趣旨のめっちゃ過去の掲示板に、『山田のはなし』が挙げられているのを見つけてしまった。鋭い! お目が高い! あなたの勘は、あながち外れじゃないと思うから読んで下さい……! と取り縋りたいような気がするが、そこまでの自信と根性は到底なく、豚小屋(二階建て)でもくもくとおからを食べ続ける。
では、来週の二十年と七日記念日まで、皆様ご機嫌よう。ありがとう。ほんまごめん。世話掛けるね。
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