伝授する。
気温の上昇と共に、蛇が動き出すのが田舎である。そうして本格的に活動し始めたシマヘビやらマムシやらが、何を思ったか舗装道まで出張ってきてトラクターや軽トラに轢かれ、潰れて「開き」みたいになったのを、飛んできたノスリかなんかの猛禽がひらりとかっさらってゆく。あらためて、すげえとこだったんだなあ、と思う。
少し前まで住んでいた、夫の実家があるクソ田舎の竹藪に、ちょいちょいタケノコを掘りに帰る。趣味や道楽ではない。家の維持と、親の助けのためである。
今年もタケノコが生え、生えまくり、生える、生えるとき生えれば生えよ、いや生えるな!! 丁度いい量だけ! 丁度いい量だけ生えろ!
などと、流れる汗とデコに張り付いた羽虫とを農協の手拭いでファンデーションもろともゴっシー拭き取りながら、わけのわからない活用を口走ってしまうのin竹林。そのくらい、もうね、今年は豊年なのね。大変やねん。ばんばんタケノコが採れるのである。いや、採れるっつって、覚悟があるなら一本だって採らなくてもいいんですよ。屋根を貫かれ、塀を壊され、庭まで薮になって航空写真にも写らない、そうなってもいいというのならね、いいの。
でもいちおうやっぱりまだウチお義父さんもお義母さんも住んでるし、義弟義妹も盆暮れ正月は帰ってきたかろと思うし、タケノコは食えるし、食いものを捨てていいというようには育てられてないし、今日もわたしは車でかなりの距離を走って帰って、スコップとかごを担いで、竹林に分け入っていくわけ。分け入らざるを得ないわけ。去年は初めてタケノコの話をしなかった年だったと思うのだけども、今年はこれだけタケノコにまみれたのでどうしようもない、触れないわけにはいかないわけ。
そのようにして、日産平均約二十本のタケノコが掘れるのです。今日は五十でした。恐ろしいことです。
で、先日、そのうちの三本をささやかに提げて、子どもを連れて、久しぶりに泉州のリビング・レジェンド、はー太郎・ザ・グレイトの家に行ってきた。
普段、よそにタケノコを進呈する際にはなるべく、皮をむいた、丸裸の状態にして渡すことにしている。タケノコというのは六割が皮=ゴミだから、その方が親切というものだ。だいいち、藪から持ち出すのだって皮を剥いでの方が当然軽いので、出荷を念頭に置かないタケノコを掘りに行くときは、スコップとともに包丁も携帯し、掘ったらその場でさばいて皮を薮に捨て残してくるのが基本である。
ただ、あそこのおうちなら皮付きのままのイッヒタケノコの方が愛でられ、喜ばれるであろう、と推察される場合には掘ったなりの姿のものを差し上げる。その辺は相手を見て決めている。
伝説のうないおとめ・はー太郎様においては無論、タケノコをさばく気もなければさばき方も知らないだろう、そもそもタケノコが好きかどうかもよう考えたら実際知らん、と思ったが、それでもわたしはあえてこの度、皮付きのタケノコを持って行ったのだった。
案の定、往年の安見児は先端の褐色から、胴に向かって美しい臙脂鼠に変わってゆく皮をまとったタケノコを一瞥し、これどないすんのん? と言った。
これより一本使って実演する。あとの二本は貴公の演習用である。大人二人子供二人、四人家族の尊宅に、三本も持参したのはそのためである。このハイテクでハイブリッドでインダストリアルな現代日本には水煮のパウチという簡便至極な商品が流通しているゆえ、このような技術知識はややもすれば無用の長物かとも思われる。しかしながら、よしやいつか、あやしの地球外生命体などに囚われの身になり、タケノコをさばけたら一族郎党解放してやる、と言われた場合、あのとき聞いておいてよかった、と今日の自分に腹の底から感謝する日が来ないとも限らない。
わたしははー太郎の家の台所で包丁を借り受け、そのような口上を交えながらタケノコをさばいて見せた。はー太郎は横に立って、わかった、覚えといて一家眷属の英雄になるわ、と応えた。このひとの得難き長所は、実にこの素直さなのである。
そして続いてその素直さは炸裂した。「タケノコもアレやけどさー、ウチなー、実はおにぎりの握り方、知らんねん」
1.2秒の沈黙。そんなところからタマが飛んでくるとは思わなかった。
「……どういうことや?」
「いや、おにぎりの握り方」
「どんなおにぎり? なんのおにぎり?」
「え、ふつうの、手で握るやつ」
「それが、どうなるんや? どうするんや? どうしてたんや?」
「おにぎりはべちゃべちゃに、てのひらは飯粒だらけに」
より詳しく時間をかけて尋問してゆくと、はー太郎は素手でおにぎりが握れない、と言いたいのだと分かった。主婦生活十年間、やむなくご飯に先に塩をふって、ラップでなんとなくぎゅうぎゅうしてきたらしい。
「この年になったらさー、もう誰も教えてくれへんやん、聞いたってまたまた~、とか言われて、ホンマに困ってんのに! 相手も本気にしてへんゆーか、こっちの年も年やし、聞かれた方もヘンに教えたら失礼かもとか思うんかして、遠慮しはるねん! せんでええのに!!」
「じゃ、じゃあアナタね、まずはこうして手を水で湿らせて、掌にこう、まんべんなく塩を付けてですな……」
「ほんでもご飯て熱くない?」
「ガマンせえやあ!!」
そして結局、ジャーに炊いてあったご飯は全て、わたしがひとりで握り飯にした。はー太郎はうまいうまいとそれを食べた。やはりというかさすがというか、ことほどさように、伝説の主人公はいつまでも主人公だけに相応しいセリフを吐き続ける。
朝、家から出てすぐ、一番下の子が、
「薫君(はー太郎の長男)のおうちにいくのは、おなかがわくわくするねえ!」
と言ったので、わくわく楽しみなことって、大人も子供もやっぱりハラで感じるのかといたく感動したのだが、ホントおかあさんも、あのひととお友達で、おなかがずっとわくわくしっぱなし。おにぎりが握れないと聞いたとき、この期に及んでまだそんな仕込みネタ隠しとったんけと思ったけど、きっとこの先も、死ぬまでずっと何か出るね。五万賭けてもいい。十万でもいい。
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