片付けマラソン



 これまでにも150回くらい申し上げたが、わたしは整理整頓片付けが非常に苦手である。それなのに、この二週間くらい、断続的にものを捨てる・ものを収める作業をやらざるを得ない立場に身を置いており、たいへん辛い。

 だいたい、「ものを捨てる」にあたっては「捨てるか残すか判断する」作業が前段階としてあり、まずここがキツいのだった。決める、というのは疲れる。


 決断を下すということには、その内容によって多寡はあれども相応のエネルギーを要するのだ、ということを知ったのは一番上の子をを産んだあと、いわゆる「産後うつ」というようなものに片足を突っ込みかけていた時である。ご飯を食べなければいけないのは分かるが、自分が何を食べたいのか、何を作ればいいのかがさっぱり決められなくなり、普段だったらまずチョイスしない雑炊をこしらえた挙句味がわからない、みたいなことが起こって、わたしは即日実家に連れ戻されたのだった。

 ともかく、片付けは決断に次ぐ決断である。捨てるのか、捨てないのか。さらに疲労を増幅させるファクターとして「迷い」がある。趣味に合わないものはわりとばっさり処分出来るが、そうでもないとわたしなんかは勿体ながりなので、「まだ使える」というOKハードルはめっちゃ低く、たいがいの対象が乗り越えてしまう。その度に「仕舞う所があらへんやろが」というもう一人の自分の冷徹な差戻しがあり、ここで心は大揺れに揺れる。この揺れが身体に悪いのだと思う。迷う迷う、文房具、タオルやひざ掛けなどの「布モノ」、大小の鍋釜、さらには収納用品それ自体(棚とか衣装ケースとか仕切りカゴとか)。対象の状態を見極めることもさることながら、ものによっては「あー、これパパと伊勢志摩いったときのお土産やわー」とかいう思い出加算も盛り込まれてもはや泥沼である。泥沼やったらレンコンくらい作らんかい! などと、わけの分らない罵詈を絞り出し、ひとりぼっちで「要るぶくろ・要らんぶくろ」にものを分けていくのは苦行である。

 片付けてる途中の、片付けてんのか散らかしてんのかわからないカオスな光景そのものもしんどい。この峠を越したらオマエは自由になれる、と自分に言い聞かせ、整頓が済んだ納戸の前で最高級ダージリンを啜るバラ色の未来などを想像してみるが(もちろん戸は全開)、ほんとうにそんな日が来るのだろうか、と心が折れそうになる。


 そもそも、この度どうしてこんなに一気に片付けなくてはいけなくなったのかというと、まず実家の父の病気が長引き、持っていた仕事場を売却することになったからで、人手に渡る前に中のものを処分する必要が生じたのである。そこにあった上等の机も、ちゃんとした(通販のとかじゃない)本棚も、先に欲しいものは取りなさい、と言われたが、欲しくてもいかんせん置くところがない。それで結局、買い置きしてあった洗剤とか、額縁とか、しょうむないものばかりもらって帰ってきた。哀しいかな、それが自分の器だったということだ。

 さらにその翌日、突然、夫の実家がガレージの二階の物置を片付けるから要るものを選びに来い、と言いだした。場所があるのをいいことに、判断に迷うものを預けてすべてそこに上げていたので(まさに「棚上げ」だ。デカい棚!)、それをどうにかするとなると、脳内は一気に混迷を極め、爆裂寸前となった。

 なんでこんなぎょーさんものがあるんや、と半ば怒り、半ば呆れながら90Lの分厚いゴミ袋を広げて泣きそうになったが、なんのことはない、溜め込んだのは自分、悪いのはわたし。


 今回、実家の方から持って帰って来た大量のしょうむない、いや、「ささやかだけれど、役に立つ」ものの中で、早速使用し、まあ本棚も机も引き取られへんかったけど、これは貰ってこられてよかった、と思っているのは急須である。両親や従業員さんたちと一緒にお茶を入れて飲んでいた急須だ。うちでさいぜんまで使っていたのは、蓋が割れてしまったにもかかわらず、他のマグカップについてた蓋をかぶせて代用、という「いい加減何とかしろ案件」の急須だったから、感慨もひとしおである。

 ただ、ホームセンターとかに行くと、いろんなサイズのプラスチック製代蓋が売られている。それは、いかにひとが急須の蓋だけを欠いてしまいやすいか、そして蓋が割れたくらいでは急須を思い切れないか、ということの証左であると思う。

 さらに申し上げると、かくてわたしはちゃんと蓋付きの急須を得たというのに、マグ蓋の旧急須をも思い切れずに納戸に仕舞った。そんなことだから、整頓対象が減らんのである。悪いのは、常に、わたしだ。

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