第8話 勝者が宴で得るものは ①

 結婚式から半月ほどが経つと、本格的な繁殖期シーズンのはじまりを告げるイベント、剣術大会と春の宴が催された。

 かつては宴席だけだったのだが、ここ十年ほどは昼に剣術大会が行われていて、その勝利の宴も兼ねるようになった。〈ハートレス〉たちにも正式にシーズンに参加する権利が与えられたため、かれらの見せ場として用意されたものだ。

 実力と専門性を考慮した五つの部門に分かれていて、各部門の勝者は賞金のほかに、〈ハートレス〉の部の勝者に挑戦することもできる。例年人気のある対戦だ。今年の目玉は、二回目で久しぶりの参加となる〈剣聖〉フィルバート・スターバウである。竜術が使えない分剣技に優れると言われるハートレスたちのなかを順当に勝ち進み、部門の勝者となった。


「ずっと、わたしがシーズンに帰るときはフィルはアエディクラだったから、大会で見るのは初めてだけど……本当に負けないのね」

 王と王配のために用意された特別席で、リアナが感心したように言った。竜騎手ライダーの部の勝者は若手の実力者で、フィルとは初めての対戦ということで場は大いに盛りあがったが、結局はじまってすぐに勝負がついてしまった。


 隣のデイミオンが解説してやった。

「そもそもの実力も抜きんでているが、あいつはさらに絶対に勝てるような戦略を練ってくるからな。見せ場を作るために試合を引き延ばしたりもしないし。優勝候補は太刀筋どころか、今朝の朝食になにを食べたかまで調べられるらしい」


「まさか。ほんとなの?」リアナは面白そうに笑う。

「あいつはそういう男だぞ」デイミオンは真面目な顔だ。


 勝者への花輪を贈るのは、春から社交界にデビューする若い娘たちから選ばれた一人だった。竜族らしい銀髪の美少女が、初々しい手つきで花輪をかける。フィルバートは彼女の手が届くように背をかがめ、白い歯を見せて笑った。


「たしかに、ああいうところ、フィルは抜かりないわよね」

「ほら見ろ」

 女性に限らないが、好感度を上げられる機会があったら逃さないというか。都合が悪いときにもにっこり笑って煙に巻くようなところがあるのは経験済みだ。


「いつもと変わらない顔だけど、あれがフィルの優勝して嬉しいっていう顔なのかしら? そこまで策を練って優勝したのなら、当然嬉しいはずよね?」

「……どうだろうな」

「何をやってもうまくできるから、淡々として見えるだけなのかな」

「たしかに、あいつには苦手なことはない気がするが」


 リアナはしばらく考えこんでいたが、ふと呟いた。

「フィルのことは、本当によくわからないわ」

「そうか?」

 夫の返しにうなずく。

「せっかく一緒にオンブリアに戻ってきたのに、ちっとも顔を見せてくれないし。このあいだケンカしてた理由も、結局教えてもらってないし」


「すまない」

 彼にしては珍しいことに、デイミオンは素直に謝って、機嫌を取るように髪に口づけた。「このシーズンが終わるまでには教えるから、それまで待ってくれ」

「そんなにかかるの? まだシーズンも序盤なのに……」

 リアナは不満げだった。


 ♢♦♢


 夕方になると、春の宴がはじまった。掬星きくせい城がもっとも明るく華やぐ日で、タマリスのもっとも高い場所にある城は一晩中音楽が鳴り響き、煌々こうこうと輝いて、城下の人々も足を止めてそれを見あげている。


 宴の最初の一曲、国王と王配のダンスは今年はなし、と通達されていた。デイミオンの要望ということだった。当人は、五公の一人エンガス卿となにやら話しこんでいる。

 独占欲は強い夫だが、たかがダンスの一曲にぴりぴりするというのは彼らしくなく、リアナはいぶかしんでいた。例年ただ一曲踊るだけで、どうせシーズンに参加するわけでもないのに。


「リアナ陛下さま

「ヴィクトリオン」

 乾杯のあとで近づいてきた青年に、リアナは相好を崩した。「入賞おめでとう」

「ありがとう」

 「にっ」と笑うと、かつての悪童の面差しがある。ヴィクトリオンはグウィナとハダルクのもう一人の息子で、今日は〈ハートレス〉の部でなかなかの好試合を繰りひろげていた。去年成人の儀を終えたが、まだシーズンに参加するつもりはないとのことで、入賞のあいさつにだけ回っているらしい。


「陛下も、人身売買組織の摘発で大活躍だったんだって? ケヴァンから聞いて、むっちゃウケたぜ。オークションに潜入するなんて、やるじゃん」


 褒められて、リアナは気をよくした。「わたしだって、やるときはやるわよ。里では『野ウサギ六匹殺し』って言われてたんだから」

「なんだそれ」ヴィクはくくっと笑った。「そんな上王も王配もいないよ。あの二人が陛下を取りあうのもわかるな」


「ヴィクまでそんなこと言うの? 結婚前のあれはいろいろ誤解があるのよ」

 リアナはあきれたように片眉をあげて、グラスの中身をすすった。ベリーの風味がついた発泡ワインだ。

「このあいだの結婚式で、ナイムからも言われたけど……」

 弟の名前を出すと、ヴィクの明るい顔に一瞬、影がさしたようだった。「ナイムとうまくいっていないの? 大丈夫?」

 ハートレスたちを見下すようなナイムの発言が、リアナには気にかかっていた。

 心配になって尋ねるが、ヴィクはしいて笑顔をつくった。


「剣術の訓練とか、まだやりたいこともいっぱいあるから――……それで、シーズンも参加しないつもりだし、あいつの心臓を引き受けるつもりもないんだ。そのあたりからナイムとこじれちゃって。でも、大丈夫だよ。ありがとう」

「ならいいんだけど……」

 

 ライダーとハートレスの兄弟、という構図は、デイミオンとフィルとも通じるものがある。そういう点でも気にかかるのだったが、いずれにしても自分が出る幕ではないのかもしれない、とリアナは思った。


「最後にやってた、手首を返すような技、かっこよかったわね。盛りあがってたし」

 明るい声で、青年の試合に話を戻した。「やっぱり、フィルに指導してもらってるのがいいのかしら?」

「まぁね」

 ヴィクはまんざらでもない様子で語りだした。

「『戦場の剣術は速さとスタミナが勝負、巧遅よりも拙速が勝つ』ってのが師匠の自論だけどね。一撃で殺せなくても戦闘不能にさせればいいんだってさ。でもまあ、うまくて損はしないよ。体力温存できるし、今日みたいな御前試合とかあるし」

「『巧遅よりも拙速』かぁ。フィルって意外と、泥臭いタイプなのね」

 リアナが相づちを返すと、ヴィクの口数と身ぶり手ぶりが増えた。

「うん。『御前試合は相手がひとりだから楽だ』っても言ってた。ほら、戦場だと基本、複数対複数だろ? 試合では剣技がきれいに見えるようにだけ気を遣えばいいから……。審判たちの好きな流派とか予習しといて」

「それは……デイミオンが言ってたのと似てるわね」

 ふと気になって聞いてみる。「デイミオンはどうなのかしら。わたしが知るかぎり剣術大会に出たことはないみたいだけど」


「デイも強いよ」

 ヴィクは目を輝かせた。やはり、男の子の好きな話題なのだろう。

「これも師匠の受け売りだけどさ。

『デイなんか、竜術メインで稽古してるから、剣技だけで見たら普通の腕前だよ。でもあの体格で嘘かと思うほどスピードあるし、ほぼ体力的要素だけで相手を圧倒できる。おまけに竜術のバックアップもあるわけだから。極端な話でもなんでもなく、剣術なんか要らないくらいだよ』だってさ」

「ふうん……」

 案外、おたがいを冷静に評価しているらしい。


 フィルの話は面白かったが、本人から聞けないのはどうにもさみしい、とリアナは思っていた。当の本人を探すと、場の中央で女性たちに囲まれて笑顔を見せていた。剣術大会の勝者で、ハートレスとはいえ今はライダーの資格もある。すらりと長身で見た目も悪くないし、デイミオンと比べてはるかにマメで優しいし、なにより独身だ。……おモテになってけっこうですこと。


「あのさ。オークションに潜りこむやつ、あれ師匠に言ってなかっただろ」

 ヴィクが話題を例の事件に戻したので、リアナはもの思いをやめた。青年がフィルのことを『師匠』と呼んでいることに気づき、二人の関係が知れてなんだかおかしい。

「ええ。王都警備隊の、おとり捜査役の女性の身元がばれちゃって大変だったの。たまたまそれを聞いたから、わたしが身代わりで行ったんだけど。急に決めたものだから言う暇がなくて」

「フィル、むっちゃ怒ってたぜ」

「そうなの?」

 当人にそんな態度を取られたことはないので、リアナはきょとんとした。「単に、機嫌が悪かったんじゃなくて? あの人、デイミオンとケンカしてたのよ」

「いや、そうじゃなくてさ……」

 ヴィクは赤毛をくしゃくしゃとかき回した。「あー、まあいいや。俺から言うようなことでもないし。……でもあんまり無茶はしないでくれよな」

「どうしたの? ヴィク、急に」

「陛下が無事じゃないと師匠のメンタルがダメなんだよ。ともかく、頼むな」

 ヴィクは言いたいことを言うと、去っていった。

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