3 エピファニーの帰還
第14話 エピファニーの帰還
エピファニーと名乗る青年が登城したのは、よく晴れた春の午後だった。カサガイのように岩壁にはりつく城だから、場所によっては三方に空が見える。その、気を抜くと落ちてしまうのではないかと思う高い回廊を歩いていく。影になった柱と青空の対比が春らしく、あざやかだ。
ぼさぼさの茶髪は、だらしなく伸びているのを適当にうなじあたりで結んでいる。成人男性としてはかなり小柄な部類に入るだろう。古びた薄い外套だけで、身分を表す
「エピファニー卿」
唯一気がついたのは、回廊ですれ違った竜騎手団の長、ハダルクだけだった。部下らしき紺の
「やあ、ハダルク卿。結婚おめでとう。式には参加できなくてごめんね」
「お久しぶりです。タマリスにお戻りのご予定とは知らず、お迎えもままなりませんで」
ファニーが虚礼を嫌うのはハダルクもよく知っているので、恐縮してみせるのは形だけだった。
「いま着いたばっかりだよ」
「あいかわらず、身軽でいらっしゃる。使用人たちも、誰もあなたと気がついていないみたいですね」
「竜祖みたいに崇められるのは好きじゃないんだ。階級組織は、下から見るほうがよく見えるんだよ」
(ほかにも理由はあるけどね)
そう思ったが、口には出さない。
「閣下のおっしゃる通りでしょうね。上長としては、耳が痛い」
「リアナに会いに来たんだけど、いま手すきかな? 秘書官を通さないとだめ?」
ハダルクは、きれいにひげを剃られたすんなりした顎に手をやった。
「ふつうはそうですが……閣下なら必要ないでしょう。部下に案内させますので、直接お会いになられてください」
「どうもありがとう」ファニーは素直に頭を下げた。
「リーグ、閣下をご案内してさしあげろ。……ん?」部下に命じていたハダルクが、優美な眉をひそめた。「誰か竜舎当番がいたか? なんだか匂うな」
「「いいえ、騎手長」」
二人の部下が声をそろえて威勢よく答えた。
「春風に乗って、竜舎の匂いが流れて来たのかもね~」ファニーはのんきを装って言った。内心では、ハダルクのさすがの嗅覚に感心していた。
(別にバレても、困らないんだけど……ちょっと面倒なだけで)
「いえ、でも竜舎は風下にありますし……」
けげんな様子の竜騎手に、ファニーは「それにしても」と話題を変えた。
「どうやってリアナに面会を取りつけようかと思ってたんだよ、ありがとうハダルク卿。それと、竜騎手団の再編もうまくいってるみたいでよかった」
ハダルクは苦笑した。「閣下に隠し事はできませんね。隠すようなことではないですが。おかげさまで、多少余裕が出てきました」
「繁殖期に急に人手を割くことができるなら、すこしは人員に余裕ができたということでしょ? 僕は見たままを言っただけだよ」
そう言って、ファニーは踵を返した。「じゃあ失礼」
♢♦♢
若い竜騎手について歩きながら、ファニーはきょろきょろと周囲を見回した。リアナの執務室か、王と二人で住む居住区へ案内されるのだろうと思っていたが、違うようだ。
「ここ、最上階じゃない?」
「はい、閣下」若い竜騎手がきまじめに答えた。「最近完成した新しい竜舎へご案内します。両陛下は、いまそちらにおられますので」
「新竜舎かぁ」ファニーは下を向き、外套の合わせあたりに向かってこっそりと呟いた。「もしかしたら、おまえの友だちになれる仔がいるかもね」
「閣下?」
「あ、いやいや、なんでもない」
案内されたのは、城の最上階。新しい竜舎というわりに、通路はかなり古い。これは、とファニーはぴんときた。
「……旧〈王の間〉か」
「はい。岩壁側にあるので着陸が不便で、現在では使用されていないのですが、ちょうど広い空間になりますので……アーダル号にはよい竜舎となるかと。先日、ようやく改装が終わりまして」
「たしかに、あの巨体だからね。運ぶのも大変だったでしょう」
「竜騎手団が総がかりでした」
青年竜騎手は思い出したように笑ってから、顔をひきしめた。「でも、早く目覚めていただきたいです。アーダル号はオンブリアの象徴ですから……竜騎手団全員の願いです」
「そうだね」
暗い通路から、竜騎手が重そうな扉を開くと、風のそよぎとともに一気に光が飛びこんできた。ファニーは思わず目の上にひさしをつくる。
「わ、明るい」
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