第13.5話 リアナとミヤミ、風呂で語らう

 掬星きくせい城には、ほかの城と違う特色がふたつある。ひとつは高い岩場にへばりつくカサガイのような構造になっていること。大小いろいろな建物が寄せ集まってきたかのような構造をしていて、遠目には豪華だが、住んでみると意外と狭いという欠点もある。

 もうひとつは温泉が引いてあること。これについては文句のある者は一人もいるまい。薪も竜術も人手もほとんどいらずに入浴できるというのは、多くの竜族にとって夢のような設備である。


 リアナは王太子としてこの城に入って、王と、それから王配とを経験するなかで、十二年ほどはここに住んでいる。それでも城の一番良い点を挙げるなら、やっぱりお風呂。


 雨水と泥で汚れたリアナは、護衛の二人を誘って入浴することにした。ケヴァンはめっそうもないと固辞したが、結局主人に押しきられる形となった。リアナの考えでは、どうせ風呂場を使うのだし、全員で一度に使ったほうが効率がよい。端が見えないくらい広い上に岩場もあるのだから、男女が分かれて使うのにも不自由はないのだし。


 彼女にとっておかしかったのは、護衛の二人がほとんど風呂につからずに上がろうとしたところで――きびきびと身体を洗って、頭からばしゃっと湯をかけると、「完了!」とばかりに出ていこうとした。もちろんリアナのほうからケヴァンの姿は見えないけれど、ミヤミとほぼ同じタイミングで同じ音を立てているのだから……。


「軍隊式っていうやつなの?」

 リアナは笑って、ミヤミを湯船に引きずりこんだ。「外は寒かったし、もっとゆっくり浸かりなさいよ。……ケヴァン、あなたもよ!」

 岩場のほうへ声をかけると、びっくりしたように湯が跳ねる音がした。ケヴァンの驚きが目に見えるようで、おかしい。


 素直なミヤミは、主人の言うとおりに湯に体を沈めたものの、「ゆっくり浸かる」という動作自体が難しいのか、もぞもぞと落ちつかなげにしていた。

 リアナは湯音を立てつつ彼女のほうへ寄っていくと、くいと背中を向けさせる。

「予想はついたけど、やっぱりケガが多いわね。ケヴァンもなの?」


「私は訓練でできたケガがほとんどです。実地には出てないので。打撲とか」

 ミヤミはやはり居心地が悪そうにしている。「ケヴァンは脇腹にもっと大きい傷があります」

「ふうん」


「見せろなんておっしゃらないですよね!?」

 岩場のむこうから、焦った声が聞こえた。「陛下にお見せするようなものじゃないですよ!」


「そんなこと言わないわよ」リアナは軽く答えた。「わたしのお手つきって思われたら大変じゃないの」

 その表現がよほど嫌だったのか、ケヴァンは絞められた家禽のような情けない声をあげた。


「フィルも傷が多かったような気がするけど、ちゃんと見てないのよね」リアナが残念そうに言った。


「うーん、部隊でもあんまり裸は見せなかったような話をしていた気がします」と、ミヤミ。

「連隊長は、着替えとかもけっこう、見られるのは嫌がるタイプなんで。しっかり見たことがあるのは、テオくらいじゃないですかね」と、ケヴァンの声が聞こえた。


「秘密主義は昔からなのね」リアナはため息をついた。首を動かしたために、髪から水滴が落ちる。

「ルーイはどうだったの? わたしの侍女をしてた頃は、貴族の奥方に憧れているとは思わなかったんだけど」

「フィルバート卿に似てるんです、ルーイは」ミヤミが悲しげに言った。

「欲しいものとか、やりたいことがあっても、口に出さない。ニコニコ黙って聞いてて、でも『こうだ』と決めたら人に相談せずに自分だけで動く。〈竜の心臓〉の件なんかも、そうでしたけど」


 二人が似てる、か……。


 そのことをどう考えればよいのか、リアナにはわからない。二人が仲睦まじい恋人同士であるなら、そっと見守るのが家族の役割なのだろう。ただ……

「なんとなく、フィルが無理してるような気がしたのよね」

「ルーイもです。落ち着いて考えなおしてみたら、そんな気がします」

 ミヤミは顎まで湯に沈めながら、小さな声で呟いた。「ほんとに嫌いになったんじゃないんです」


 リアナは励ますように笑った。「わかってるわ、いい子ね」



「もう上がります」

 ざあっと大きな湯音とともに、ケヴァンが浴槽を出たのがわかった。ルーイのことは彼には触れられたくない話題だったのかもしれない。無理に聞き出すようなことでもないので、リアナはミヤミと少しばかり温泉を楽しんでから、入浴を終了させた。



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