第4話 思わぬ再会と、お楽しみ
「本当に、ロッタを思いだすわ」
リアナはすぐに抱擁をといて、青年を見あげた。「王都にいたんだったなら、訪ねてきてくれたらよかったのに」
「春からの配属で……。それに、両陛下のおられるところに、気軽に行ける身分じゃありませんよ」
リアナは苦笑した。「確かにそうね、わたしが行くほうがよかったかも。うーんでも、それはそれで手続きがいろいろ面倒なのよね。護衛も手配しないといけないし……」
「でも、俺も懐かしいです。リアナさまに、アエディクラから連れて帰ってもらって以来で……久しぶりにお会いできてよかった」
「本当にね。彼女はできた?」
「実は、この春できたてほやほやなんです」
「ええーどんな子なの? 一度、お城に連れてきてよ」
「そんな、恥ずかしいですよぉ」
思わぬ再会に、二人はすっかり打ち解けた様子で会話を続けていた。
「ロッテヴァーン卿の息子か。旧〈隠れ里〉の」
警備隊長から報告を受けていたデイミオンが、妻のそばに戻ってきた。「たしか、アエディクラから帰国したあとは、警備隊に入隊したんだったな」
「はい、陛下。その節はハダルク卿に推薦状をいただきまして、本当にありがとうございました」
青年は、デイミオンとその隣に立つ銀髪の副官に、深々とお辞儀をした。
「前途有望な、優秀な若者と聞いているよ。私も推薦の甲斐があった」
帳面を確認していたハダルクが、手を止めて優しく声をかけた。
「光栄です」
褒められて嬉しかったのか、ザシャは頬を紅潮させていた。中級貴族ながら竜騎手団長を務めるハダルク卿は、階級・身分を問わず人気が高く、彼に憧れてライダーを目指す若者は多い。
デイミオンはリアナの隣で、遠くを見る目つきになった。
「国を預かる者として、あの惨劇を止められなかったことが今も歯がゆい。里の子どもたちも、アエディクラから助けだすまでに時間がかかってしまった。すまなかったな」
国王の謝罪はめずらしいとみえ、リアナは神妙な顔を見あげて微笑んだ。
「いいえ。……こうして、国に連れ帰っていただいたことを感謝しております」
「残念ながら、ほとんど妻の功績だがな。リアナは、おまえたちを国に戻すために、少なからぬ犠牲を払った」
「はい。深く心に刻んでおります」
「それはいいのよ」リアナは優しく言った。「デイは立場上、そう言わないといけないの。でもあなたたちが無事で幸せなのが一番」
「両陛下に助けていただいた命ですから、警備隊員として、今後もオンブリアの人々のために力を尽くして恩を返したいと思っています」
ザシャは生真面目に言った。
「期待している」と、デイミオン。
「無理して身体を壊さないようにね。
そう声をかけて、リアナは夫と去っていった。
「驚いた……」
国王夫妻の背中を見送って、モーガンは呟いた。
「リアナ陛下とお知り合いなんて、いったいどういうことかと思ったけれど……。ザシャ、あなた、『あの事件』の生き残りだったのね」
警備隊に入隊すると、後ろ盾のない貧しい子どもでも身分が保証され、さまざまな恩恵を受けることができる。そういう背景があるので、人間との混血も多いし、モーガン自身も似たような出自を持っていた。
『竜族の力を持つ混血児』として、アエディクラ軍に誘拐され、その後リアナ王のはからいで帰国した――そんなザシャの来歴は上司として当然知っていたのだが、王その人と同郷だということまでは書類になかったのだ。
「話してくれてもよかったのに」
「辛い思い出でもありますから……」
ザシャは言葉を濁した。「でも、やっぱり警備隊に入ってよかったです。こうやって、今回は俺たちみたいな混血児たちを救い出すこともできたし。リアナ陛下とも会えましたから」
それを聞いて、モーガンは上司として安堵した。混血には辛い過去を持つものも多いが、乗り越えるまでは無理でも折り合いをつけようとすることは必要だ。それが職務の上でも人生においても重要なことだ、と思っていたからだった。
♢♦♢
竜車に乗りこむと、リアナは潜入中の出来事を夫に報告した。
真面目な話の最中でも彼の膝に座らされるのは、結婚前からのことで、そろそろ慣れてきつつある。これくらいで恥ずかしがっていては、デイミオンの相手はつとまらない。
「あの事件から、もうじき十二年か……早いな」
石畳の上を、ごとごとと竜車が進んでいく。お忍び用の車は外見は地味だが内装は豪華で、座席のスプリングもよく、快適な乗り物だ。
竜族の青年期は長い。
十二年前、はじめてデイミオンを見たときから、二人の関係は大きく変わった。ライダーになりたいはねっかえりの少女と、それを目障りに思う黒竜大公。それから、王と後継者の関係になり、おたがいに政敵と見なされていたこともあった。どんな運命のいたずらか、二人は恋人同士となり、そして今は、仲睦まじい夫婦だ。
だが、十二年の歳月はデイミオンの容貌にはほとんど変化を及ぼしていない。黒々と太い右眉の上に小さな火傷の跡が増えたくらいだろうか。これは、アーダルの暴走を止めようとしたときに負ったものだ。
リアナは成長期だったから、十二年前より背も伸びたし、体つきも成人女性にふさわしくなった。
人間の外見年齢で言えば、デイミオンが二十五歳、リアナは二十歳くらいだろうか。
「ザシャにはああ言ったけれど……あまり無理に会わないほうがいいのかもしれないわね」
「なぜ?」
「嫌なことを思いだすだろうから」
助けられた側のザシャの感謝の意は、受け取るつもりだった。でも、里の件はそもそも、母エリサが自分を養育するようにと里長に命じたことが遠因になっていて、リアナとしては自責の念もある。里の惨劇を忘れることができないのは自分と同じだろうが、できるだけそのことから離れ、一人の竜族として幸福に過ごしてほしいと思っていた。
デイミオンは眉を寄せて、なにごとか考えこむ様子だった。
病のために竜の力をなかば失ったリアナの代わりに、デイミオンは王位に就いた。この十年ほどは平和が続いているとはいえ、王として彼に求められる役割は大きい。襲撃事件はいまもリアナの傷跡になっていたが、変えられない過去をデイミオンにまで重荷として背負わせたくはなかった。
それで、リアナは明るい話題を探した。
「ねえ、この奴隷の格好、興奮しない?」
夫の膝に乗りあげたまま、かわいらしくシナを作ってみせた。
デイミオンは片眉をあげて考え事をやめたことは示したものの、すぐには挑発に乗ってこなかった。妻の身体を遠慮なく眺めまわす。退屈そうに片肘をつき、もう片方の手で彼女の腰のあたりを撫でている。
「コンセプトは悪くないが、安っぽいな」
「ふーん?」
そんなものなのか……。
夫が興奮して飛びついてくると思っていたので、予想外の反応だった。スカートのすそを引っ張ったりしてあらためる。たしかに、ペラペラの安っぽい生地だし、
とまどう様子のリアナに、デイミオンはようやく面白そうな顔になった。
「安心しろ、俺に手抜かりがあると思うか? 金貨5500枚の買い物だぞ。かわいい女奴隷への贈り物も、ちゃんと買ってある」
座席に投げだされた包布をほどき、中から出てきたものをリアナに振ってみせた。「見ろ」
「なにこれ……」
じゃらじゃらと金属が鳴る音がするのは、鎖がついているせい。そしてきらきらと輝くのは、惜しげもなく飾られた宝石のせいだ。装飾品のようにも見えるが、それは……。
「宝石と金でできた首輪? デイ、言っておくけど、センス最悪よ」
「なんとでも言え。俺は自分の欲望を押しとおすぞ」
そう言うと、さっきまでの退屈はどこへやら、嬉々として妻の細い首に豪奢な輪をはめた。鎖が絡まないように髪を持ちあげているリアナのほっそりした腕にも、口づけとともに装飾的な輪が通された。その鎖の大元は自分の手で握っている。
デイミオンは舌なめずりする勢いで言った。「……最高に興奮する眺めだ」
まったく、この男ときたら。
だが、端正な顔を野卑にゆがませて、興奮に息を荒くするデイミオンを見るのも悪くない。今夜のリアナの機嫌は上々だったから、興ざめなセリフは胸にしまって、にっこりとせいぜい従順に微笑んだ。
デイミオンは命じた。
「さあ、おまえの新しいご主人様に、奉仕してくれ。真心こめてな」
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