1 エクハリトス家の男たち 【デイミオン①】

第5話 結婚式

 エクハリトス家のタウンハウスは、王都でもっとも壮麗な建物のひとつである。山の手の、西のはずれにあって、軍事施設と呼べるほどの堅牢な竜舎と、専用の発着場もそなえていることで知られている。つい数日前の、王都での人身売買騒動も、ここエクハリトス家の邸宅までは届いていなかった。


 今日はその発着場も飛竜であふれ、厩務員と小姓たちがそのあいだを駆けまわっていた。これから迎える繁殖期シーズンを前に一族の滞在が多いのもあったが、今日はもっと特別な行事が予定されている。


 結婚式だ。


 淡い緑に銀の葉、そして大輪の白の花がセッティングされているのは、招待客たちの服との組み合わせを考えてのことだった。

 なにしろ、新郎新婦とともに参列者の多くが黒竜の竜騎手ライダーであり、その正装、黒の長衣ルクヴァばかりがずらりと並ぶ。竜を駆る美しい男たちを引き立たせる正装は、ほっそりとした詰襟の上半身に、腰から下はふわりと広がって優雅だ。その下は、やはり細身のズボンと革のブーツ。

 色味といえば、彼ら自身の金や銀の髪に、時おりまじる赤や青の長衣くらい。また、竜騎手団の正装は濃紺なので、その色味も目立った。新郎は、竜騎手団の長なのだ。公私ともに王の右腕と呼ばれる男でもある。


 数回の春ごとに配偶者を替える竜族に、結婚式の習慣は乏しい。どちらかといえば、夫婦の十回目や二十回目の春を祝う行事のほうが主流だった。例外は初婚の夫婦と、あとはの誓いを立てるときだろうか。

 今日の式は、後者だった。


 親族の集まる席に、デイミオンとリアナがいた。

 国王であり、エクハリトス家の当主でもあるデイミオンは、その場でもっとも豪奢な金の縫い取りのある黒い長衣ルクヴァ姿だった。妻である上王リアナは、スミレ色からモーブのグラデーションになったドレスに、希少な白竜の竜騎手ライダーであることを示す純白の飾り帯とジャケットを身につけている。国王夫婦は祭壇に目線をそそぎ、時おり親密に顔を寄せては、ささやきあった。


 すでに、祭壇の前には、これから夫婦になろうとする男女が向かい合っている。濃紺の長衣ルクヴァを着た銀髪の男性。黒いドレスに、燃えあがるような赤毛の女性。


 黄色の長衣姿の神官が、「エクハリトス家のグウィナ。コフィン家のハダルク」と呼びかけた。

きたるべき春、繁殖期シーズンをよろこびとともに迎え、また次の春を、またその次の春を、永遠に竜のつがいとして過ごしたいと願うか?」


「はい」男女の声が重なった。

「では、そうあるように」神官が二人の手を結びあわせる。「名を呼び交わしなさい」

 二人はそっと微笑みあった。彼女の白い手を取るハダルクの腕に、ぐっと力がこもったのが見えた。

「ハダルク」

「グウィナ」


 こうして、おたがいに排他的であることを示す夫婦つがいの誓いがなされた。


 ♢♦♢


 宴会のはじまりは、当主であるデイミオンのあいさつからはじまった。自分に替わって竜騎手団をまとめる新郎、ハダルク卿への感謝を述べる。叔母であり、国政を支える五公の一人でもあるグウィナへの厚い信頼も。二人はすでに深く結ばれた家族であり、素晴らしい息子たちもいること。こうして今日、夫婦つがいの誓いをかわす場に立てて光栄である。……など。


 〈血のばい〉によって王位が継承されるオンブリアには、王家というものはないが、エクハリトス家はそれにもっとも近い家と言えるだろう。いまはデイミオンが国王だから、権勢もなおさらだった。


「立派なご挨拶だったわ、旦那さま」

 隣に座るリアナが、上機嫌で冷やかした。「それにしても黒、黒、黒の長衣ルクヴァばっかり。それに黒髪と青い目。エクハリトス家大集合、っていう感じね。……ハダルク卿のご親族はいないの?」


「コフィン家は中級貴族で、領地も小さいし、タマリスにはほとんど親族はいないらしいからな」

 デイミオンは、スピーチで乾いた喉をシャンパンで一気に潤した。

叔母グウィナはエクハリトスの出身で、母方のトレバリカ家の当主になった。トレバリカも黒竜のライダーが多いから、まあそうなるだろう」



 新郎新婦があいさつにまわると、それぞれの席が「わっ」と沸きたつのが見えた。


「今日はありがとう、リアナ陛下さま

「おめでとうございます、グウィナ卿。最高にきれいだわ」

 女性二人はしっかりと抱擁しあった。


「おめでとう、ハダルク」

「ありがとうございます、陛下」男性二人もそれぞれに肩をたたいて祝福しあった。


「ここまで、長かったな」デイミオンがねぎらった。彼とリアナが結婚するより前から、この副官と叔母の愛情深いやりとりを見ていたので、感慨深かった。

 ハダルクは微笑んだままうなずいた。「長いあいだ、もう実質的には家族でした。こうしてようやく形が整って、安堵あんどしています」


「だが、思いきったな。シーズンの相手なら、家柄でとやかく言われることもないが、正式な配偶者となれば風当たりも強くなる。おまえは王太子の父でもあるし」

 デイミオンはそう言いかけて、苦笑した。「……言うまでもなく、覚悟の上なんだろうな」


 ハダルクは、リアナと楽しげに歓談しているグウィナのほうを、じっと見つめた。

「名より実が大事と、ずっと自分に言い聞かせてきました。夫婦でなくても、子どもという絆があると……でも、それでは彼女を守れないこともあると思うようになったのです」


 デイミオンはそれを聞くと、黙ってうなずいた。

「サーレンは?」気になっていたハダルクの元妻のことを尋ねた。


 ハダルクは目を伏せた。「コフィンの実家で、静養させています」

「そうか。ならいいんだ。めでたい席に済まなかった」

「いいえ。陛下には、いろいろご配慮いただきましたから……ナイメリオン卿のことも」

「正式に結婚すれば、家格は関係なくなる。もっと息子らしい呼び方をしてやっていいんだぞ」

「ええ」

 二人は、そろってナイメリオンのほうを見た。ハダルクとグウィナの次子は、〈血のばい〉でデイミオンとつながれた、オンブリアの王太子でもある。いまはエクハリトス家の若者たちに囲まれて騒がしくしていた。兄ヴィクトリオンの姿は近くに見えない。

 ハダルクの気がかりそうな表情を見て、デイミオンは彼らの結婚の背景には息子たちを心配する理由もあるのではないかと推測した。


 デイミオンの表情もまた、ハダルク同様に冴えなかった。夫婦の、もとの配偶者たち知っているということもあったが、ほかにも彼自身が、気がかりな問題を抱えていたからであった。

 会場をさっと見まわすが、ヴィクトリオン同様、彼自身の弟の姿も見当たらなかった。


 楽団が調整を終わらせ、一瞬の間のあと、音楽が流れはじめた。ダンスがはじまるらしい。

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