第26話 最後までして
体格のいい夫とのキスは、必然的に上向かされる姿勢になる。口の中を蹂躙される感覚と首の辛さで、いつも次第に力が抜けてしまう。鎖の長さの分しか手が伸ばせず、夫の首に腕を回すことができずにいると、デイミオンが腰を抱いていたほうの手を下方にずらして、彼女の姿勢を崩した。大量の枕のなかに、埋もれるように仰向けにされている。
彼女の上になかば覆いかぶさったまま、腕立て伏せのように半身を起こして、こう言った。
「『国王の秋の外遊は中止とする』」
リアナはまばたきをして驚きを表した。いくらあからさまなこととはいえ、書記官たちに声を聞かれたくなかったからだ。
国王としてのデイミオンの発言を、書記官があわてて書きとめる音がする。
「『かわりに、ジェンナイル卿をイーゼンテルレ公国へ。エサル卿をアエディクラへ、それぞれ外交特使として派遣する』」
筆記させるための事務的な内容を口にしながら、デイミオンはまばたきも忘れたようにリアナを見ていた。口調とは裏腹に、まなざしには隠しきれない熱が見てとれた。下着同然の姿と、肌に散る鬱血の跡、鎖骨、二つの乳房へと視線を動かしていく。リアナもまた彼の姿を、下から上へと舐めるように見ていった。たくましい腰から、
「『派遣の時期について両侯と話し合うため、
発言の途中だったデイミオンは、我慢ができないというようにまた彼女の唇をむさぼった。今度のキスはさらに荒々しく、唾液にぬれた音がみだりがましく響く。夜着を裂くように開き、乳房をこねるようにつかむ。敏感になった薄い皮膚に、
そして、その刺激に慣れる間もなく、太い指がなかに押し入ってくる。
「~~~~っ!!」
口が封じられていなかったら、快感に悲鳴をあげていただろう。びくびくと身体を震わせるリアナを押さえこむようにデイミオンが覆いかぶさり、寝台が激しくきしみをあげた。ひっきりなしに鎖が鳴り、鵞ペンの音が凍りついた。書記官も秘書も、息をひそめて様子をうかがっているのがわかる。
抗議しようとするたびに口をふさがれ、ようやく唇が離れたときにはデイミオンのほうも息が上がっていた。満足げに彼女を見下ろし、
「……時期については、今週以内に決める。両侯に伝達を」
(そんなに急いで……それに、さっきの鉱山権の更新の話……)
キーザイン鉱山は、エンガス卿の領地での主要な産業のひとつだ。同時に、そこから採掘された鉱物資源が、エサル卿の持つ工房群で加工され、彼らの商品となる。
五公のうち、グウィナとファニーはリアナ派。そしてナイルは大叔父と同じく中立派の名目だが、同時にリアナの生家でもあるから、多くの場合彼女の味方と言ってよかった。反対派になりうるのはエサルとエンガスの二人の領主だ。
その二人の蓄財をおさえておこうとするデイミオンの動きは、リアナに疑念を抱かせた。
(やっぱり、わたしを王に復位させるつもりじゃないの? そのために、足場を固めているんだわ)
「考えるな」
彼女のなかにうずめていた指はそのままに、夫は真摯な声で言った。忙しく考えをめぐらせていたことはお見通しらしい。
「だけど、デイ……」あえぎながらリアナが言う。
「寝台にいるときくらい、気を抜けと言っている」
金茶の頭を抱えこむようにして、デイが小さくささやく。「おまえの興が乗らないなら、この手錠はもうやめるか」
そして、芋でも抜くようにたやすく、片手で鎖を引きちぎった。ヘッドボードに留めてあった金具の強度は、思ったより低かったらしい。
そういう、こだわりのないところがいかにもデイミオンらしかった。淫靡だけれどどこか滑稽でかわいげがある。それでなぜだかすこし安心して、リアナは自由になった手で夫の頭を抱いた。
「力を抜け」
「うん」
言われたとおりにすると、固くぬめったものが入口に押しあてられた。敏感なところを何度もそれでこすられると、しだいに期待するように入口が潤み、緩んでくるのがわかる。
「……良くなってきたわ」
目を閉じて言った。
「そうだろう」デイミオンは余裕の口調だった。
リアナは「お願い、デイ……」と懇願した。
「最後までして」
暗闇に笑う気配がして、返答は行動で示された。
♢♦♢
行為のあとで彼女が寝入ると、デイミオンは医師を呼んだ。
言いつけられた秘書官や書記官たちはいろいろな心労でぐったりしていた。しばらくして、淡い青の
「あいかわらず、疲れやすいようだ。昼間も休憩を取らせたいが、なかなか言うとおりにしないので難儀している」長い指で金茶の髪を
医師はうなずき、上王リアナを見下ろした。夜着は破いてしまったので、ひとまず手近なシャツを着せている。
「今は眠っておられるようですが、昨晩は?」
「眠れてはいる。寝言を言っていたので、眠りが浅い時間帯はあるらしい」
「お顔の色はやはり優れませんな。触診してよろしいですか?」
「頼む」
医師はリアナの爪やまぶたの色を触って確認した。「症状としては、貧血だと思いますが……食事量が不足しているということはありませんし、休養も取っておられるようですし、ほかに考えられるのは……」
「デーグルモール化の兆候について、調べは進んだのか?」
王の突然の問いに、医師は戸惑うように身をすくませた。「はい」
「黄の文官たちとも共同で調べており、いくらかはご報告できることがあります。……しかし陛下、まさかリアナ陛下の症状が……?」
「可能性が低く危険性が高い病気から除外していくのが筋だろう。別に本気で疑ってはいない。血液への食思もないしな」
医師はためらいがちにうなずいた。「ただ、以前の〈変容〉も急激で、兆候はわずかと聞いています。『デーグルモール化』とおっしゃいますが、〈変容〉からもとに戻った症例はリアナ陛下お一人だけなのです。診断を除外することは難しいかと思われます」
「……」
医師の言ったことはもっともで、デイミオンの眉間の皺が深まった。
青い
「謁見か?」
「はい。午前の予定が押しておられるようで、お迎えに参りました」
名残惜しいが、さすがにそろそろ行かねばなるまい。妻とのちょっとしたふれ合いも終わりというわけだ。立ちあがって、寝台の上にあるトレイや手錠を下ろした。トレイのほうは侍従に、手錠のほうは秘書官に渡す。
「これを所領に送っておいてくれ。目録には入れずに、なにか別のものに仕立て直すように言づけも頼む」
ハダルクは複雑なまなざしで見ている。
「このあいだの手錠、まだ持っておられたんですか。しかもリアナ陛下に使いましたね?」
「使ったが、もう飽きた。だから所領に送ると言っただろう」
「……飽きるほど使うとは……?」
「言うほど不品行か? 夫婦だぞ」
「あなたはそれを口実にしすぎていますよ」
ハダルクは嘆息した。だがデイミオンはもちろんそんな様子を気にしたりはしない。きらきら光るおもちゃのような手錠をちらりと確認する。
「首飾り……には石が足りないか。指輪と髪飾りくらいにはなるか? それで多少は機嫌が直ればいいが」
独言して、リアナに上かけを引き寄せてやった。枕をまわりに置き、髪にキスをして離れる。
「それほど溺愛なさっているのに、いいのですか?」
愛情に満ちた王のしぐさに、ハダルクは思わず彼らしい苦言を口にした。
「……われわれ竜族にとってさえ、一年の不在は決して短くはない。つがいの誓いは永遠ではないのです。一年後、リアナ様のお心が動いていたとき、後悔しないと言えますか?」
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