第17話 マリウス手稿ふたたび ②
リアナとデイミオン、二人の言い合う声が大きくなってきた。
「おかしいと思ってたのよ。最近ずっと、わたしに隠れてこそこそエンガス卿と打ち合わせたりして」
「隠れてこそこそなどしていない。不確かなことでおまえを不安にさせたくなかっただけだ」
「今こうやって持ちだすんだから、一緒じゃないの。もったいぶらずに、最初から教えてくれるべきじゃない!?」
「だからもったいぶってなどいない。本題からずれているぞ」
「わたしが言いたいのは――」
どうしたどうした、と周囲の者たちがざわついている。
この夫婦は熱愛ぶりもすごいが、ケンカの盛りあがりも華々しい。ファニーは長いつきあいでそれを知っていたので、そろそろと距離を取った。
「あっ僕、お邪魔みたいだから、しばらく
二人はそろって顔を向け、
「まだ話が終わっていない」
「そうよ。わたしも聞きたいことがあるわよ」
と、こんなときだけ夫婦で息を合わせてくる。はいはい、わかったよ、とファニーは座りなおした。
「夫婦のことを一人で決めたりはしない」
デイミオンは、妻にむかって落ちついた声で言った。「おまえがノーと言えば、この話はなしだ。それはわかってくれ」
「『だが』?」
リアナは、まるで夫の次のセリフを予想したかのように口を挟んだ。
「だが」デイミオンは『予想はできていた』という顔をした。
「アーダルは私の竜だ。責任感からだけで言ってるんじゃない。おまえと同じように、大事なパートナーなんだ。……方法があるのなら、助けてやりたい」
リアナは聞きたくないように顔をそむけたが、デイミオンは説明を続けた。
「目覚めないのは、アーダルの内部になんらかの機能不全があるためだ」
「……」
「冬眠というのは、古竜が自身の危機を察知して生体保護を優先している状態らしい。本来なら働くはずの自己修復プログラムが、うまく機能していないということでもある」
「……」
「古竜は生物だが、同時にライダーの制御を受けている。そしてそれ以外の外部からの干渉方法は失われているんだ。一定期間、ライダーと精神を同期したままにしておくことで、自己修復がはじまる――マリウス卿はそう考えている」
「一定期間って……どれくらい?」リアナはしぶしぶ尋ねる。
デイミオンは、ここではじめてためらいを見せた。「マリウス卿の場合で、一年かかった」
「一年も!? 絶対に無理よ! 安全性を確保できないだけの問題じゃないわ。あなたは王なのよ!」
「まずは半年、と考えている」デイミオンは続けて言った。「そのあいだ、王配としておまえに国政を任せたい」
「無理よ!」リアナは声を荒げた。「十年も昔に退位したのに、今さら王に戻って、やっていけると思う? 内政も外交も前とはぜんぜん違ってるのよ」
「それは周囲が――」
「前は王佐に殺されかけたのに? 王太子は底の浅い甘ったれの子どもなのに? あなたにはわたしがいたけど、わたしにはあなたなしでやれっていうの?」
そして、ぐっと拳に力をこめたように見えた。「わたしはどうなるの?」
「リア」
デイミオンが肩に触れようとするのを、彼女は手ぶりで押しとどめた。しばらく黙り込んでから、はーっと長い息をつき、言った。
「……考えさせて。一人だけで」
♢♦♢
白いドレスをひるがえして出ていく妻の姿を、デイミオンは複雑な表情で見送った。
「追っかけなくていいの?」ファニーはいちおう尋ねた。
「ああいうときはいいんだ。……理性的に考えることはできても、気持ちがついていかないんだろう」
「それはまあ、僕も彼女のそういうとこは知ってるけど」
意外に冷静なデイミオンに、感心もするが少しばかり不安も覚える。公私にわたって自分の意見をはっきり主張するタイプのリアナだが、解決が難しい内面的な問題だと、内にため込んでしまうこともあるのを見てきたからだ。イーゼンテルレへの外遊で、当時恋人だったデイミオンのシーズンの務めに神経をすり減らしたり、自分がデーグルモール(半死者)なのではと不安におびえる彼女を見たこともある。
「竜医師と打ち合わせてくる。場を外すが、くつろいでくれ。夕食はリアナと一緒に取ろう」
「うん、もうちょっとお邪魔するよ。ありがとう」
それまでに、リアナの機嫌が直っているといいが。
がっしりと幅広な王の背中を見送ると、ファニーは快適な新竜舎でうたた寝でもしようと横になった。考えるべきことはまだあるが、旅先からそのまま来たので疲れもある。若い竜医師に幼竜のお目付け役を頼んでおく。二匹も――正しくは二柱と数える――眠くなってきたらしく、小さな頭をこっくりと上げたり下げたりしている。
それにしても、ここが旧〈王の間〉なのか、とファニーは感慨深かった。実際に目にするのは初めてだが、オンブリアのさまざまな歴史の舞台となった場所である。
(春の竜舎とは思えないほどのどかだな。繁殖期の個体がいないから、当たり前か)
先の黄金賢者マリウスは、古竜は滅びゆき竜族も衰退するだろうと予言した。それはおそらく正しい。だがファニーは、相棒を目覚めさせたいというデイミオンの願いや、王国の行く末を案じるリアナの行動が無意味だとは思わない。
……そんなことを、うつらうつらと考えていたときだった。
扉付近で、押し問答をしているような声が聞こえてきた。
「ん?」
ファニーは顔をあげた。
「リアナ陛下に会わせてください」若い男の声が訴えている。
「ここに来ればお会いできると――」
「秘書官のほうに依頼なさってください、ザシャ殿」部屋の前を守っている近衛兵が答えた。
「僕は――」
声高な名乗りはさえぎられた。「あなたが陛下の個人的なお知り合いだということは存じていますが、決まりなのです」
リアナがここにいたことを知っているのであれば、たしかに個人的な知り合いというのは間違っていなさそうだ。そう推測していると、青年がいきなりファニーのほうを指さした。
「あの方も、面会の予約なく来られたんじゃないですか!?」
おやおや。
それを知っているということは、ファニーが入室するのを見ていたのだろう。かなり長い時間、この付近を張っていたわけだ。
「あの方は五公のお一人です」
「嘘だ。
ファニーは、これは近衛兵に任せておいたほうがいいな、と思った。自分が出張るとよけいに反感を煽りかねない。
青年は声を張りあげた。
「
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