第18話 見てはいけない二人の

竜騎手ライダーだった父の所領を返していただきたいのです」

 ザシャと呼ばれた隊士はそう訴えた。


「それはリアナ陛下の管轄ではありません。竜騎手団のハダルク団長にご相談なさってください」と、近衛兵。

「ハダルク卿にはもうお願いしました! しかし、父たちは不名誉除隊の扱いになっていて、領地貴族の資格ははく奪されていると」

「では、そういうことなのでしょう……。陛下にお願いするのは筋違いです」

 ザシャはなかなかあきらめようとしなかったが、近衛兵に連れ出されるようにして扉付近から姿を消した。



「なにがあったの?」

 ファニーは騒ぎが収まると寄っていき、二人の近衛兵に尋ねた。

「王都警備隊に所属する、ザシャという若者なのですが」

 扉番にしては威厳がある年長の近衛兵が、ため息まじりに教えてくれた。「陛下から、『予定がない時は通してやって』と頼まれていたのですが、ここのところあのように訴えがエスカレートしていて、頭を悩ませているのです」


「ザシャ?」

 ファニーはその名前に聞き覚えがあった。「もしかして、隠れ里の生き残りかな?」

「そう聞いています。ご出自の不幸もあり、同情しますが……」

「お父さんが不名誉除隊っていうのは?」

「ああ、閣下はお若いから、ご存じないかもしれませんね。……おまえもか?」中年の近衛兵はやはり上司らしく、若いほうの兵士に確認した。彼も「はい、士長」とうなずいている。


 年長の兵は、あらためてファニーに向かって説明を続けた。

「隠れ里は、エリサ王が王太子だった時代に、竜騎手団から離脱した元竜騎手ライダーたちが作った里です。戦時での敵前逃亡ですから、当然不名誉除隊に当たり、領主貴族だったライダーたちは領地をはく奪されています」

「そういわれてみれば……」ファニーは記憶をたどった。里の経緯についてはたしかにそのような話を聞いたことがある。

「それは……処分もいたしかたないことみたいに思えるね」

 むしろ、死罪でなかっただけありがたいという話だろう。


「はい。陛下もそうお考えです。すでに領地も別の家に譲渡されていますし、彼の家を復興させるとなれば除隊の事実をくつがえさなければならず、難しいでしょう」

「ふむ。僕のときのようにはいかないわけだね」

 兵は苦笑した。「閣下は、御座所にいた頃から副神官としてご功績いちじるしかったわけですし、軍籍にもなく、同列には並べられません。……ただ、うわさを聞いただけの者たちのなかには、誤解する者もいるのでしょうが」


 その一人がザシャかもしれない、か……。

 ファニーは、成人男性にしては華奢なあごに手をやって、考えこむ様子を見せた。


♢♦♢


 もう少し昼寝をしようと思っていたが、気になる出来事が山積して、目がさえてきた。楽園のような新竜舎をあとにして、夕食まで城内を散歩しようかと考える。先ほどの件もそうだが、アーダルの蘇生について竜医師たちから意見を求められる前に、情報を整理しておいたほうがいいだろうな……。


(いや……やっぱり、リアナのことが気になるな)

 ファニーは考えなおした。少し時間が経ってしまったが、やはり親友が気持ちを落ちつけるまでそばにいてあげよう。たとえ自分自身で答を決めるのでも、そばに誰かがいるのといないのでは違うのだ。

(デイミオンは、そのあたりがわかってなさそうだからなぁ)

 そんなふうに心配している。


 案内役の竜騎手に頼み、リアナのいそうな場所へ向かう。竜騎手同士は〈呼ばい〉で連絡しあっており、警護対象である上王はいま、城内にいくつかある厨房の近くにいるとのことだった。貴族たちに給仕する夕食を温めなおすだけの場所で、休憩用の小部屋が隣接しているらしい。茶でも飲んでいたのだろうか。


 階段を降りていくと、ちょうどその小部屋から彼女が出てくるところだった。竜舎を出ていったときの勢いはなく、心もち肩を落とし、目じりを赤くしている。やはり思い悩んでいたのだろう。


 一瞬「ん?」と疑問が浮かんだのは、フィルバートが彼女を追うように出てきたせいだった。最近タマリスに戻ったばかりのファニーはフィルの悪評スキャンダルの数々を知らなかったので、単に、二人で内輪の話でもしているのだろうと思った。かつて〈救国の英雄〉と呼ばれた男は、彼女の肩に手をのばそうとしてためらい、手を浮かせたままでいる。


「リア……」

 だが、声をかけようとしたファニーは目の前の光景に固まった。


 フィルバートが思いきったようにリアナの手首をつかんで引き、その勢いのまま抱き寄せた。後ろからまわった両腕ががっしりと彼女の肩をとらえ、隙間も許さないほどきつく抱きしめられているのが見て取れる。

 誰にも渡さない、と言っているかのような固い抱擁に、せつなげにひそめられた眉。

 フィルバートのそれは明らかに、家族の情愛を超えた表現だった。


(わ、わ)

 ファニーは静かにパニックに陥った。

(もしかして、僕、すごくまずいものを見てるんじゃないの!!?)

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