第53話 デイミオン王、断を下す

 その場の全員が、リアナとグウィナのやりとりを注視していた。


 王としての在位は短いが、リアナは王配として外交面での功績が大きい。ナイメリオンとの人気は比較にならない。しかし、グウィナもまた叔母として、あるいは五公の成員としてよく王を補佐してきた面がある。言いかえれば二人の権力は拮抗きっこうしているため、不利な状況におかれたグウィナがどうふるまうのかが、五公たちのその後の決定を左右することになる。


「ナイメリオンには、王太子の責任は重すぎる。このまま処罰をまぬがれたとしても、あの子に良い影響を与えないわ」リアナが言った。


「それは……」

 グウィナは弱々しく首を振った。「わかりません。わたくしの育て方が悪かったのですわ」

「あなたは愛情深い、すばらしい母親だと、ここにいるデイミオンとフィルバートが請け合うはずよ」リアナは力づけるように言った。

「でも、兄弟でヴィクトリオンとの扱いの差が大きいのも、ナイムに負担をかけている一因だと思うの。ヴィクは明るくていい子なのに、二人はずっとぎくしゃくしている。でしょ?」


「……ヴィクは、ハートレスですから……」グウィナはためらいがちに続ける。

「あの子の人生の選択肢を、すこしでも広げてやりたいと思ったのです。フィルのような理解者がいれば、弟との差に鬱屈うっくつせずに成長できるのではと……」


「あなたのやり方は正しいわ。フィルバート卿は立派なロールモデルになれる」リアナは優しく念を押した。「ナイメリオンにも、違う環境が必要だと思わない?」


 グウィナは答えなかった。リアナもそれを期待していたわけではなく、彼女以外の参加者たちの心証がさだまればいいと考えていた。ナイムを罰するのではなく、彼に更生する機会を与えるのだ、という方向に。

 それは、こうそうしたようだった。


「よかろう」

 デイミオンは裁定を述べた。

「王太子ナイメリオンは、犯罪組織への資金提供をおこなった。ナイメリオンをとし、〈血の呼ばい〉のあるなしにかかわらず、継承権をはく奪する。その手続きのため、ナイメリオンは竜騎手団の監視のもと、〈御座所〉へと移動させる。これは王命だ」


 王の言葉に、その場が水を打ったように静まりかえった。


「ナイメリオンは未成年で、監督責任は母親のグウィナ卿、あなたにある。五公会の成員としての任は、この会のあと、いったん降りていただく」

 グウィナはそれを聞いてうなだれた。自身の地位に恋々れんれんとする女性ではなく、やはり息子の所業に対するショックのほうが大きいようだった。デイミオンは続ける。

「おまえも同じだ、ハダルク卿。ただし、正式な親権を得たのが最近であることから、卿に対しては竜騎手団の副長への降格処分のみとする」

 ハダルクはこうべを垂れて恭順きょうじゅんの意を示した。

 デイミオンは続けて、偽証をおこなったゲーリー卿に対しては期限を定めない自宅軟禁とした。本人は、おそらくそれを苦にはしないだろう。

 ナイメリオンの処分には、まだ含むところが残されていた。未成年ということもあり、本人に改悛かいしゅん兆候ちょうこうがあるか否かで、処罰も変わってくると述べた。


「グウィナ卿、このような結果になったが、あなたが国政に必要な人物であることは確信している。竜騎手議会の副議長の任はそのままにしておく。……そのうえで、竜騎手団の団長をあなたに任せたい。ハダルク卿は、そのサポートを頼む」


? わたくしが?」グウィナはけげんな顔をした。


「五公に就任するまで、あなたは黒竜のライダーとして竜騎手団に所属していた。なにもおかしなことはないと思うが」と、デイミオン。

「それはそうだけれど、わたくしが軍属だったのはずいぶん昔の話だわ。別にわたくしが加わらなくても、いま、団には十分な竜騎手ライダーが……」

 グウィナは言いかけて、自分でその答えに気がついたようだった。「が不在となるのね、デイミオン。だから黒竜のライダーが必要になる」


「そうだ」と、デイミオンがうなずいた。

「王国の第一の雄竜アルファメイル、アーダルを復活させたい。そのためには、主人である私がやつと精神を同期したままにしておく必要がある」


 五公たちは、たがいの表情をうかがうように静かに首をめぐらした。アーダルの治療とデイミオンの計画については、五公の一部は王から直接聞いていたし、また単に情報を得ていただけの者もいる。驚きよりも、「ついに」という空気があった。


 エピファニーがあとを続けた。「治療の詳細は説明できないけど、つまり、一定期間王が眠り続けたままになるっていうことになる。一年間ほど、あるいはもう少し長引くかもしれないけど」

 参加者たちは固唾かたずをのんで、話の行方を追っている。


 ナイメリオンの罪を追求すること。五公たちの心証を左右するだけのリアナの実力を示すこと。その両者が揃うことが、デイミオンの計画には必要だった。


 両者はそろった。王はおもむろに告げる。

「もう一つの議題をはじめよう。私が不在の一年、王配にして上王であるリアナに国政を任せたい」


 ♢♦♢


 王の提案を受けて、まずは五公たちがそれぞれの意見を述べた。


「リアナ陛下が代理王となられることには、反対はしませんが……」

 北部領主、ナイル・カールゼンデンが消極的に述べた。白のライダーであることを示す同色の長衣ルクヴァに、髪と目の色がリアナとの血縁を感じさせる。


「私としては、せめてデイミオン陛下の繁殖期シーズンがない一年だけでも北部領に戻り、ゼンデン家を再興していただきたい。あなたの血はあまりにも貴重で、ひとつのシーズンも無駄にできない」

「国政より、領主家の存続が大事なの?」

 リアナが尋ねると、ナイルは微笑んであいまいな賛同の意を示した。「中央の王権は、われわれ〈種守たねもり〉にとってもっとも重要というわけではありませんから」


「エピファニー卿。あなたはどう思う」と、デイミオンが水を向ける。


 めずらしくサフラン色の長衣ルクヴァで正装したエピファニーは、簡単に述べた。「陛下が不在になるのはたった一つか、二つのシーズンだ。国政の混乱を避けるのには、リアナ陛下以外の選択肢はないと思うけれど」

 それは王自身の代弁のようなものだったので、デイミオンは満足げにうなずいた。


「『リアナ陛下がデーグルモールになり得ることに誰も触れないのは、わざとなのか?』」

 エサル卿の代理の男は、彼の近親者であるらしい。ひょろっとした体格で、堂々たる体格のエサルには似つかないが、いかつい眉と目に面影がある。〈呼ばい〉を使って、卿の言葉を翻訳するように伝えた。

 南部領主、エサルはかつてリアナが王位にあったときの王佐で、同時に命を狙う政敵でもあった。現在の両者の関係は小康状態といったところで、エサルがはっきりとナイメリオンの派閥に属しているわけではない。今回はどう出るか。

「『つい先日も重傷を受けたと聞いたのに、こうやって今日この場にぴんぴんして出てきている』」

「ご心配ありがとう。ひとよりちょっと丈夫な性質たちなの」

 リアナは皮肉げに返した。「わたしが頑丈だと困るかたがたも、ここには多いみたいね」



「灰死病は致死の病、そしてデーグルモール化は不可逆の変化と考えられていた。リアナ陛下が、そこから生還なさるまでは」それまで黙っていた五公の重鎮、エンガスが言った。

「竜の心臓をもつライダーたちは、誰もが両者に罹患りかんしうる。リアナ陛下はその最悪の致死の病と変性症の謎をひもく、なのだ」

 ガラス玉のように色が薄く、ほとんど透明な水色の目が、値踏みするようにリアナを見ていた。

 その視線にリアナはぞっとする。状況が許せば、エンガスはよろこんで彼女を生きたまま開き、すみずみまで調べたいと思っているに違いない。

「デーグルモール化と灰死病については、マリウス卿の研究手記をそちらに譲ったでしょう? わたしは、あなたたちの実験材料になるつもりはないわよ」

「無論のこと」

 老齢の大公は、うやうやしくうなずいてみせた。「医学的事実を述べたまでです。老いさき短い身、失礼はどうかご寛恕かんじょをいただきたい」


「あなたは俺が生まれたときから老人だったように見えるが、エンガス卿」

 フィルバートが危険なほどおだやかに言った。「リアナ陛下に髪一筋でも触れれば、俺があなたを浮世の苦しみから永遠に解き放ってさしあげよう」


 いかにも〈竜殺し〉らしい仰々しいおどしは、フィルバート本来の性格とはそぐわないが――しかし、その場にいた全員が静かに震えあがる効果があった。


 それぞれの意見が述べられたのち、五公による採決がおこなわれた。


 上王リアナをデイミオンの代理人とする案について、反対票をあげたのはグウィナとナイル。そして、エンガス、エサル、エピファニーの三名が賛成を投じた。


「あなたの賛成が得られるとは思っていなかったわ、エサル卿」

 リアナが言うと、エサルの代理人は無感情に答えた。「『忠誠と誠実さは両立しえないのか? 俺は疑問をさしはさんだだけで、あなたが代理王になることに反対していたわけではない』」

「たいした忠臣だこと」

 たがいに友好的ではない期間が長かった二人だが、逆に言えばお互いの手のうちも知っている。ほかに有力な候補者がいない状況でエサルが反旗をひるがえす利点はなく、この結果を実は予想していたので、リアナはただ微笑むにとどめておいた。



 デイミオンは鷹揚おうようにうなずき、採決の結果を告げた。

「五公の賛同が得られた。〈御座所〉と竜祖がいかなる託宣たくせんを下そうと、また新たに〈呼ばい〉によって別の者が王太子に選ばれようとも、私が不在の間、代理王はリアナ・ゼンデンとする」

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