第52話 五公会の追及

 寝たり、起きたりをくり返すうちに夜が過ぎ、リアナはすっきりした気分で目覚めた。いつもの寝台と、寝具に混じるデイミオンの匂いにほっとする。戻ってきたのだ。


 その夫は寝台のなかにいなかった。続き間のほうから話し声と人の気配がするので、リアナは夜着のままそちらへ渡っていった。すがすがしい朝の光が、ハチミツ色の光を水たまりのように連ねている。


「なにしてるの?」

 そこに立っていたのは、デイミオンとフィルバートだった。竜車のなかのように緊迫した雰囲気ではなく、打ち合わせでもしていたように見えた。

 二人が立って並んでいるところを本当に久しぶりに見たので、リアナは思わずまじまじと見比べてしまった。

 デイミオンは黒の長衣ルクヴァの、やや薄手で透かしのある生地で、剣をく飾り帯部分は白と春らしい服装だった。対してフィルバートは竜種をあらわす白ではなく、青みがかった緑と灰白色の長衣ルクヴァの組み合わせ。

 しいていえば軍人らしくすっと伸びた背筋が似ていなくもないが、やはり別の群れの一番雄たちというほうがしっくりくる。



「おはよう。眠れたか?」

 そう言ったデイミオンが近づいてきて、リアナの頬に軽く触れるだけのキスをする。

「うん。二人は――」

 何をしているのかともう一度尋ねようと思ったリアナの、さきほどデイミオンが触れたのとは逆の頬にフィルバートの唇が触れた。とろけるような甘い笑顔が、すぐ間近にあった。「おはようございます、リアナ」


「えっ……おはよう。デイも、フィルも」

 朝のさわやかな光のなか、リアナはひとり戸惑った。

(いまの……なに!?)


 二人に問いただしたかったが、せっかくのなごやかな雰囲気に水を差すのもはばかられる。

 もう一度、二人を観察してみる。和気あいあいとした雰囲気とはもちろんいかないが、それなりに会話は成立しているようだ。長衣ルクヴァの色がどうの、五公会での立ち振る舞いがどうのとデイが話しかけ、フィルも穏やかに確認している。いったい、なにがあったのか。

 もちろん、自分が眠っているあいだに、この二人がどんなぎすぎすとしたマウンティング行為をしかけあっていたかはリアナのあずかり知らぬところだった。

(仲が悪くはない……のよね?)


「おまえの着替えも用意してある」

 妻の不審を知ってか知らずか、デイミオンは長椅子にかけたドレスを指した。

「今日の課題は、ひとまず五公会だ。……それを乗りきるまで、のことはいったん脇に置いておく」

 その場を仕切らずにいられないらしい男に、二人は反論せず、うなずいた。


 ♢♦♢


 開放的な造りの多い掬星きくせい城で、五公会の開かれる部屋だけはひっそりと奥まった場所にあった。文字通り権力の頂点に立つ、領主のなかの王たちがそこに集まっている。領地の遠いエサル卿だけは、今回は間に合わずタマリスの縁戚が代理となった。

 今回は、王太子の犯罪関与というきわめて特殊で重大な議題のため、五公以外のオブザーバーとして竜騎手議会の長と王都警備隊の隊長も参席していた。密室でことが決まる印象の強い五公会としては、珍しいことだった。


 さらに珍しいことが続いた。

 王であるデイミオンが会場に入ってくると、参席者たちはざわめいた。彼はリアナ王配と、兄弟のフィルバートをともなっていたからだ。

 と、いうよりも――白竜のライダーであることを示す白いドレスを身につけた上王リアナが、二人の男を従えているような構図に見えた。

 参加者たちの目をたっぷりと引きつけてから、リアナはフィルがひいた椅子にゆうゆうとかけた。

 デイミオンには、自分が不在の間の権力を、妻リアナに集中しておきたい思惑がある。そして彼は服飾に興味はないが、それらがもたらす効果には精通していた。あえて自分とフィルバートの衣装を地味に抑え、さらに彼女を真ん中に配することで、リアナの存在が目立つように演出したというわけだった。



 五公全員が事態をほぼ把握していたが、警備隊長があらためて事件のあらましを説明した。闇の人身売買にかかわる一部の貴族たち。そこに協力していたらしい、警備隊の密通者。そして、彼らに資金面での援助をしていたのが、ほかならぬ王太子ナイメリオンだという複数の証言が得られている。


「ゲーリー卿の聴取はどうだ?」デイミオンが水を向けた。

 実の息子と、妻の元夫という難しい対象への捜査を任されたハダルクは、苦悩のにじみ出る顔で説明した。

「卿は、ご自分が命じた、とおっしゃっています。……ですが、闇オークションが開催された夜はもちろん、貴族たちが秘密の会合を持った日時も、ゲーリー卿はご自宅から一歩もお出になっていません」

「確かか?」

「私の竜レクサは、私の家族と……そのの所在をつねに把握しています」

 ハダルクの言葉に、デイミオンもうなずいた。

「それで? 王太子はなんと申し開きをしている?」


 ハダルクは、なにかに耐えるように青い目を閉じてひと呼吸を置いた。

「殿下は、『リアナ陛下が、闇オークションに参加している』と吹聴ふいちょうするつもりだったと」


「なんという浅はかなことを」エンガス卿が呟いた。


 エンガス卿の言葉ももっともだった。リアナはこっそりとため息をつく。

 かつて、自分が王太子だった時代に、戴冠式を狙ってリアナの暗殺をくわだてたのが巫女姫アーシャだった。そのアーシャはエンガス卿の義理の娘なのだから皮肉なものだが、今回はあれにも劣らずお粗末そまつな計画としか言えない。


「王太子はどの時点から関与していたのでしょうか?」五公の一人、ナイルが尋ねた。「リアナ陛下が捕らえられていたことを、ご存じだったということでしょうか」

「はい。警備隊のモーガン隊員が、潜入捜査の情報を〈呼ばい〉で隊に送っていました。おそらくは内通者だったザシャ隊員から漏れたのでしょう。そしてそこから殿下へ情報が行ったようです」

「あるいは、ザシャが復讐のために、情報をゆがめたかもしれない」

 リアナは助け船を出した。「単に、わたしの評判を落とす、いいチャンスだと思っただけかもしれないわ」


「そうであれば……」ハダルクはおもわず本音が出たというように、頭を振った。

「いえ。ともかく、ザシャのほうの取り調べはまだ終わっていません。殿下の動機についても、これから調べるところです」


「あの子はまだ未成年よ」それまで黙っていたグウィナが、がまんできなくなったように抗議した。

「それなのに、もう三日も竜騎手団のもとに拘留されている」


「陰謀をもって政敵をおとしいれることを考えるくらいには、あなたの息子は成人おとなよ」

 リアナが言った。「そして、わたしが王太子だったのも、いまのナイムとほぼ同じ年齢だわ」


「そう。だからいつも、ナイムはと比べられる」

 グウィナが言いつのった。「胆力があって勇敢で、五公たちを手玉に取る知力も持ち合わせて。だから、みなが若いあなたを王として歓迎した。……だけど、あの子はあなたと違う、普通の子なのよ」


(わたしも普通の子だったわ、里が焼き払われるまでは)

 リアナはそう思ったが、さすがに口には出さなかった。グウィナにはこれまでも王権を補佐してもらってきた恩がある。


「あの子は、自分が王太子として冷遇されていると感じていたのです」

 グウィナは、黙っていられなくなったかのように続けた。

あの子ナイメリオンが王太子となって十年。来年には成人の儀を迎えるというのに、デイミオン、あなたは国事のことは今でもすべて、リアナ陛下とだけ進めている。……成人していないからと言って、いつも脇に置かれているあの子の気持ちを、考えたことがあって?」


「王太子だったころ、リアナは無鉄砲で王のなんたるかもほとんどわかっていなかったが、それでもケイエを炎上から救うためにライダーたちをひきいて飛んだ」

 デイミオンはリアナを援護した。「やハダルクが王太子でも、そうするだろう。王たるうつわに、難しい資質を問うているわけじゃないんだ。群れを守ろうとする意志は、最低限の資質だ。そして、ナイムには残念ながらそれがない。今回のことが、その決定打だ」


 グウィナは膝の上で拳を握りしめた。ついに、息子を弁護する言葉が尽きたかのように、奥歯を噛みしめているのがわかった。

「……これは、策略ではないの? ナイムを王太子から蹴落としたいという勢力の……あるいは、権勢けんせい盤石ばんじゃくにしたいリアナ陛下の」


 その場が静まり返った。


「陛下、あなたは病という不本意な形で玉座を追われた身。ナイメリオンを廃して自分の権力を確保なさりたいのではないの?」

 激しい追及の言葉は、リアナよりもむしろ本人を追い詰めているかのように、グウィナの顔色は紙のように白かった。


「順番を間違えないでほしいわね、グウィナ卿」リアナは落ちついた声で言った。

「最初にわたしに反逆の意志を見せたのはナイメリオン。そしてわたしは――」

(売られたケンカを買おうと言っているのよ)

 とは言わなかった。「わたしは、あなたの息子を助けたいと思っているの」

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