Day 3 お風呂に入らない?
お茶の時間までに
夫、デイミオンが
フィルの家で二夜を過ごしているので、夫の顔を見るのは二日ぶりということになる。医務役の
スツールに掛け、装置のなかを観察する。ガラスに似た不思議な材質の上蓋をとおして、眠っているデイミオンの様子が見えた。時おりガラスの一か所が曇って、呼吸していることがわかる。が、その頻度は普通のものよりもかなり少ない。リアナが十回ほど呼吸する間に、ようやく一回、というところだろうか。
「あっ」
リアナは思わず声をあげた。「デイが目を開けたわ」
「生理的な反応だ。まだ目が覚めたわけじゃないよ」
装置からやや離れた
「たまにあるみたいなんだ」
「そうなの……」リアナは失望のため息をもらした。
装置のなかのデイミオンは、ぱっちりと金色の目を開いたものの、焦点を結ぶことなくまた閉じてしまった。ファニーの言うとおり、本人の意志とは無関係であるらしい。
「……こうして見てると、アーダルみたい」リアナはぽつりと言った。「力強くて、
リアナの
皮肉げに口をゆがめたり、つまらなさそうにそっぽを向いたり、思いっきり
勝手な取り決めを作って、ひとりで眠っているのが腹立たしい。
彼女はその後もしばらく、頬づえをついて夫の寝姿を眺めていた。
♢♦♢
天空竜舎を出たところで、フィルが待っていた。狭く細い階段の踊り場に、背をもたせるようにして立っている。
今日は薄曇りの天候で、竜舎も、高窓のある階段も、ぼんやりとした灰色の光のなかにあった。日が落ちるのもそろそろだろう。
二人が降りていくと、石造りの階段がコツコツと固い音を立てた。
「そっちはどうだった? 部隊のほうに行ってたの?」
リアナの問いかけに、フィルがうなずいた。
「ええ。……グウィナが来てましたよ」
「元気だった?」
「あいかわらずですよ。自分のことより、俺の結婚が気になるらしい」
「彼女らしいわ。……結婚のことはなんて?」
二人は階段のなかばで立ちどまった。
「……あなたの判断が政治的なものであっても反対はしないが、俺の気持ちを利用するのは賛成しないと」
「でしょうね」リアナはその回答を予想していたようだった。
数段、先を下りているフィルが、彼女を見あげる体勢になった。
「グウィナ卿にとっては、大切な甥の一人と結婚しておきながら、もう一人も夫に迎えようというのだもの。玉座から蹴り出されないだけ、ありがたいと思うべきでしょうね」
淡々と答えるリアナの手首を、フィルが下からつかんだ。
「また、平気なふりをする」
「だって本当だもの」
「自罰的になるのは、あなたらしくないですよ。……この結婚が策略の一部でも、あなたを支えたい俺の気持ちに嘘はない。本当に、わかってる?」
「……」
リアナはその言葉に答えなかったが、つないだ手にぎゅっと力をこめた。
階段を降りきったところから、王の居住区になる。手をつないだまま、リアナがおもむろに提案した。
「あのね。お風呂に入って帰らない?」
「ん?」
「家にもバスタブはあるけど、準備が大変でしょ」
「たしかに」
フィルは顎に手をやって考えた。新妻の入浴の世話をしたいのはやまやまだが、夕方から入浴の準備をするのは、現実的とはいえない。今日みたいに城詰めになっていると、家事ができないなとあらためて思う。週に数日だけでも、下男と家政婦を雇うほうがいいのかも。
「そっちのほうが、あなたもくつろげるかもしれない。……入口で、女官に言づけようか」
城内には、小規模なものも含めれば100以上の入浴設備がある。もちろん、国王夫妻の居住区にあるものがもっとも豪華なものだ。護衛の立場で何度も立ち入ったことがあるが、広すぎて一人で入るには落ちつかなさそうなくらいだった。
「フィルは?」
「俺? 元の
フィルの返答に、リアナは少しばかり考える表情になった。そして言った。「……わたしも、そっちに入ろうかな」
「えっ」
「……だめ?」
実を言うと、フィルバートがやりたいのは『リアナの入浴の世話』であって、一緒に入浴することにはあまり乗り気ではなかった。だから、彼女を浴場に送り届けて別行動するつもりだったのだが、腕を引っぱってくるリアナの上目づかいには、
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