9 さらわれたリアナ

第40話 追う者、追われる者


 居住区のもっとも手前にある応接間が、急ごしらえの対策本部になった。中央に立つデイミオンが、指示を出していく。

「ナイル卿。貴殿とリアナは、互いの家の領主権を持っているはずだな。〈呼ばい〉で彼女を追ってもらえるか?」


「はい、陛下」ナイルは了承し、スミレ色の目を閉じて集中しはじめた。だが、いくらもしないうちにふらつき、長身のわりに華奢な身体をデイミオンに支えられることになった。

「どうした、ナイル卿。顔色が悪いぞ」

「すみません、陛下。大したことでは――」

 言いながらも、亜麻色の髪の領主はたしかに真っ青な顔色だった。


 さいわい、まだ癒し手ヒーラーたちもいて、診察ののち自己治癒力を高める軽い竜術をほどこしはじめた。部屋の隅から、まるで侍女のようにルーイが駆けてきた。ヒーラーから受け取った布で、夫の脂汗をぬぐう。

「ナイルさまはお身体が弱いんです。もともと、〈呼ばい病み〉になりやすくて……」ルーイが弁明する。


「そうだったか」デイミオンは眉根を寄せた。「考えてみれば、リアナの調が多少は回復しなくては、心臓からの〈呼ばい〉も読みとれないだろうな。すまなかった。いまは休んで回復につとめてくれ」

 〈血の呼ばい〉は、王と王太子であった時代にデイミオン自身も経験しているので、そのあたりは理解できる。むしろ、なぜそのことを最初に考えつかなかったのかというくらいだ。おそらく、動揺していたのだろう。


「王都から出られると、やっかいだな……」デイミオンは空いていた椅子に腰を下ろし、眉間を揉むように指を動かした。

「以前、フィルバート卿がを理由にアエディクラに出奔しゅっぽんなされたことがありましたが、あの時はこちらではまったく足取りが追えませんでしたからね」横に立つハダルクも同調する。


フィルバート卿あのひとはタマリスから出ないと思いますよ」地図をにらんでいたテオが口をはさんだ。


「なぜそう思う?」

「なぜって……わからないんすか?」テオは地図から目をあげ、あきれたような、なんとも言えない微妙な顔をした。

「死ぬほど惚れてる女が、病気の再発で苦しんでるんですよ。すぐ医者を引っぱってこられるようなところにしか、潜伏できないですよ」

 それを聞いたデイミオンは、青い目をまじまじと見開いてテオを見あげた。あきらかに、そのことに気づいていなかった顔だ。そして、ショックを受けていた。仮にも血縁者の自分が見過ごしたことを、一部下であるテオに指摘されたという事実に。


「あんたがた、ほんとに、お互いのこと知らないんすね」

「テオバール」

 ハダルクが強い口調で名を呼んだ。「フィルバート卿は、デイミオン陛下に刃を向け、上王陛下を連れ去ったのだぞ。それを忘れるな」

「だけど、そういう汚れ仕事を、あんたがたはずっと連隊長にやらせてたじゃないですか。今回のこととなにが違うんです? 結局のとこ、陛下の許可があるか、どうかでしょ」

「おまえはフィルバート卿ではなく、部隊を代表してここにいるのだぞ。口をつつしめ」

 ハダルクが叱りつけると、テオは肩をすくめた。二人は今、竜騎手団と、ハートレスの部隊のそれぞれの長である。この二人がトップになって、険悪だった両部隊は飛躍的に連携がとれるようになった。それでも最低限のわきまえは必要だと、ハダルクは示しているのだ。テオもそれは理解している風ではあった。


「フィルバート卿は、元上官として責任をもって俺たちが捕まえます。なので陛下は、お二人が見つかった後のことを考えてください」

のことだと?」

「そこが大事なとこじゃないすか?」

 テオがうながし、デイミオンはなおも考えこんでいる。


 ♢♦♢


 追跡班は、竜騎手とハートレスをまじえた数名ずつの班に分かれて、フィルバートとリアナの捜索にあたることになった。

 テオは、街の地図に赤印をつけてハダルクに渡す。「はい、これがフィルバート卿の隠れ家セーフハウスの位置ですんで。五つあるんで、手分けしてよろしくお願いしますね」

「そんなものも把握しているのか……」

 諜報活動にうといハダルクは、その手際に驚いた様子だった。

「隊員同士で把握しとかないと、連携できないっしょ。もちろん、連隊長のことだから知られてない場所も用意してあると思いますけど、先にこっちを潰しとかないと」


 班員たちにてきぱきと行き先と連絡方法を指示して、テオはハダルクに向きなおった。「んじゃ、俺たちも向かいますかね」


 テオ、ハダルク、そしてハートレスとライダーがそれぞれ一名ずつの、合計四名がひとつの班として動いている。向かった先は、城下の中心街にある屋敷のひとつだった。

「ん? このあたりは単身者が潜めるような家はないぞ」ハダルクが言った。「左の屋敷は税務官の持ち物だし、右はたしか、織物商だったか?」

「毛皮商っすね、表向きは」

 テオはそう言いながら、手慣れた風に門のノッカーを打ちつけた。出てきた従僕は、「これはテオさま」と会釈する。隣のハダルクが、けげんな顔でそれを眺めた。

「主人を呼んでくれ」


 古イティージエン様式の、シンプルだが造りのいい家具が並ぶ応接間に通された。中級貴族のハダルクは、そこに置かれた調度品や家具が、高価でありながら良い趣味であることを見て取った。毛皮商と聞いて彼が思い浮かべたような、けばけばしいしつらえではない。

 屋敷の主人はすぐに現れた。


「これは、ハダルク卿。奥様への贈り物をお探しですかな?」

 落ちつきと深みのある、中年男性の声がした。年齢のころはハダルクと同じくらいだろうが、商人というには隙のない、筋肉質な体つきの男だ。

「当商会では、グウィナ卿のお瞳の色に合うセーブルが入荷したばかりですよ」

「……貴殿は」

 屋敷に訪ねてきておいて、誰何すいかするのも非常識ではある。ハダルクは、名前くらい聞いておくべきだったかとテオを見やるが、本人は黙って商人を観察している。


手前てまえはコーリオと申しまして、誠実で正直な取引だけが取り柄の、しがない商人でございます」商人は、にこやかにそう名乗った。

 そして、意味ありげに続けた。

「ですが、そこの〈ハートレス〉どもには、手前はヴェスランという名で知られておりますよ。……本日は、どのようなご用件でしょう?」

「……単刀直入にお尋ねする。フィルバート卿が、こちらに潜伏していないかどうか、確認させていただきたい」ハダルクは礼節をたもって尋ねた。


「おぉ、察するにまたが、方々に迷惑をかけているわけですかな? 難儀なことだ」

 商人は笑みを深めた。「もちろん、一市民としてなんでもご協力しますとも」

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